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海外取引契約|怖いのは外国語ではない。「曖昧な合意」である

SPECIAL

海外ビジネス〈構造設計〉コンサルタント

株式会社DREAM CUBE

代表取締役 

海外ビジネスコンサルタント。30年以上にわたり、事業開発と国際取引を手掛けてきた実績。自ら海外事業を展開する一方、300社を超える企業・団体の海外進出を支援。数千万円規模の輸出入取引から、数千億円規模の大型国際プロジェクトへの参画まで多岐にわたる。
数多くの事案を通じて、海外ビジネスの成否は「事業全体の構造」に左右されることを実感。現場で培った知見を体系化した独自の〈7つの構造設計〉を提唱し、企業が世界で勝ち続けるための海外事業の設計・構築を支援している。

「英語の契約書なんて、わからない」

何十ページにも及ぶ英文。
聞き慣れない法律用語。
日本語に訳しても、意味をつかみにくい条文。

準拠法。
裁判管轄。
損害賠償。
契約解除。

内容を十分に理解しないまま署名すれば、自社に不利な条件まで受け入れてしまうかもしれません。

海外との契約に、難しく恐ろしい印象を持つのも無理はありません。

しかし、本当に恐ろしいのは、英語をはじめとする外国語そのものではありません。

自社は何を提供するのか。
相手には何を担ってもらうのか。
どこまでが契約に含まれるのか。
費用を誰が負担するのか。
問題が起きたとき、誰が判断するのか。

取引の姿が曖昧なまま、契約書に署名することです。

最初から、外国語で書かれた長大な契約書の完成を急ぐ必要はありません。

ましてや、取引の中身を十分に整理しないまま、母語ではない言語で進める契約交渉を相手任せにすることは、極めて危険です。

守るべき情報を確認する。
話し合った内容を書面にする。
双方の役割と条件を具体化する。

海外取引の契約は、外国語や難しい法律用語から始まるものではありません。

 

守るべき情報を、交渉の早い段階で確認する

海外企業との交渉では、正式な契約を結ぶ前から、重要な情報を相手へ開示することがあります。

商品の仕様や原価。
製造方法や技術資料。
顧客情報や販売計画。
提案内容や見積条件。
業務の進め方や独自のノウハウ。

こうした情報を開示する前に検討したいのが、

NDA(Non-Disclosure Agreement/秘密保持契約書)

です。

NDAでは、何を秘密情報として扱うのか、どの目的に利用できるのか、誰まで共有できるのか、交渉が成立しなかった場合にどう取り扱うのかなどを確認します。

秘密保持契約を結ぶことは、相手を疑うことではありません。

双方が安心して必要な情報を共有し、具体的な検討へ進むための環境を整えることです。

ただし、NDAを締結すれば、開示した情報がすべて自動的に守られるわけではありません。

秘密情報の範囲。
利用できる目的。
開示できる相手。
管理方法。
返却や削除の方法。
秘密を守る期間。

実際に開示する情報や交渉の内容に合わせて、確認する必要があります。

簡潔な書面で、交渉の「現在地」をそろえる

正式な契約を結ぶ前に、交渉の方向性や、すでに確認した内容を簡潔な書面にまとめることがあります。

たとえば、

LOI(Letter of Intent/意向表明書)

は、検討している取引や提携の方向性、今後協議する事項などを整理するために使われます。

MOU(Memorandum of Understanding/了解覚書)

は、双方の基本的な理解や協力方針を確認する書面です。

MOA(Memorandum of Agreement/合意覚書)

として、合意事項、双方の役割、今後の進め方をまとめる場合もあります。

呼び方や位置づけは、国、業界、案件によって異なります。

重要なのは、書面の名称ではありません。

何がすでに決まっているのか。
何がまだ協議中なのか。
次に、誰が何を行うのか。
どの事項を守らなければならないのか。
どの部分に法的な拘束力を持たせるのか。

交渉の現在地について、双方の理解が一致していることが重要です。

「覚書だから責任は生じない」
「LOIだから署名しても問題ない」

と、名称だけで判断してはいけません。

書面に何が記載され、何について合意し、どこまで責任を負うのかを確認する必要があります。

契約書を作る前に、五つの構造を描く

外国語で書かれた契約書を前にすると、まず文章を上から順番に理解しようとしがちです。

しかし、その前に経営者が整理すべきものがあります。

海外取引を動かす、

提供価値・対価・情報・権利・判断権

の五つの構造です。

提供価値

何を、どの条件で、どこまで提供するのかを明確にします。

商品であれば、数量、仕様、品質基準、検品方法、納期、引渡し条件などです。

業務やサービスであれば、業務範囲、成果物、完了条件、修正対応などを確認します。

「品質に問題があれば対応する」
「海外市場の開拓を支援する」

と書くだけでは、双方が同じ行動を想定しているとは限りません。

提供する価値と、責任を負う範囲を具体的にすることが重要です。

対価

どの通貨で取引するのか。
いつ請求し、いつ支払うのか。
前払いか、納品後か、分割払いか。
税金や銀行手数料を誰が負担するのか。

輸送費、出張費、翻訳費、外部委託費などが発生する場合には、その負担も確認します。

追加の商品や業務が必要になったとき、誰が承認し、どのように金額を決めるのかも重要です。

情報

誰が、どの情報を、いつまでに提供するのか。
どの方法で共有するのか。
誰まで閲覧できるのか。
契約終了後に返却または削除するのか。

注文、在庫、販売状況、品質情報、顧客情報、技術資料など、海外取引では多くの情報が動きます。

必要な情報が届かなければ、商品を準備することも、業務を進めることもできません。

相手に求める報告だけでなく、自社が提供すべき情報と協力内容も明確にする必要があります。

権利

商標、商品画像、販売資料、技術情報などを、誰が、どの範囲で使用できるのかを確認します。

共同で作成した資料や成果物。
取引前から保有していた技術やノウハウ。
取引を通じて新たに生まれた知的財産。
相手企業の名称や実績を紹介する権利。

代金を支払ったからといって、関連する権利がすべて自動的に移るとは限りません。

誰が権利を持ち、相手にどこまで使用を認めるのかを明確にする必要があります。

判断権

販売価格を誰が決めるのか。
販売地域や販売先を誰が決めるのか。
ブランドの使い方を誰が管理するのか。
仕様や業務内容の変更を誰が承認するのか。
問題が起きたとき、誰が中止や再開を判断するのか。

実務を相手へ任せても、事業上の重要な判断まで渡す必要はありません。

判断権が曖昧になると、取引が進むほど、自社でコントロールできる範囲が分からなくなります。

提供価値・対価・情報・権利・判断権。

この五つを描けば、商品を売買する取引でも、業務や技術を提供する取引でも、契約書で何を明確にすべきかが見えてきます。

曖昧な言葉を、役割・数字・期限へ変える

たとえば、覚書に、

市場開拓には、双方が協力して取り組む。

と書いたとします。

日本企業は、海外の販売会社が営業活動や広告宣伝を行うと考えている。

一方、海外側は、日本企業が展示会への出展費用や広告費を負担すると考えている。

双方に悪意はありません。

しかし、「協力」という言葉から想定した行動が違えば、取引開始後に不満が生まれます。

「速やかに納品する」
「品質上の問題に対応する」
「販売状況を定期的に報告する」
「必要な支援を行う」

こうした表現も同じです。

「速やかに」とは、何日以内なのか。
「品質上の問題」とは、どのような状態なのか。
「対応」とは、交換、修理、返金、値引きのどれなのか。
「定期的」とは、毎月なのか、四半期ごとなのか。

曖昧な言葉を、

役割・数字・期限

へ変える。

誰が行うのか。
何を行うのか。
どこまで行うのか。
いつまでに行うのか。
費用を誰が負担するのか。
結果を誰が、どのように確認するのか。

契約書の役割は、簡単な言葉を難しい法律用語へ置き換えることではありません。

双方が実際に行動できる条件へ変えることです。

契約書だけでなく、合意文書全体を管理する

海外取引の条件は「Contract」や「Agreement」と題された契約書だけで構成されるとは限りません。

基本契約書。
秘密保持契約書。
覚書。
見積書。
注文書。
商品やサービスの仕様書。
品質基準書。
提案書。
業務範囲記述書。
サービス水準合意書。
電子メール。

複数の文書によって、実際の取引条件が形づくられることがあります。

基本契約書で継続的な条件を定め、注文書で商品、数量、価格、納期を決める。

見積書や提案書、業務範囲記述書によって、業務内容、成果物、期間、料金などを具体化する。

継続的に提供するサービスについて、サービス水準合意書で対応条件を補足することもあります。

さらに、後日の電子メールで、納期や仕様などの条件を変更する場合もあります。

文書が増えるほど、確認すべき点も増えます。

どの文書が、どの条件を定めているのか。
内容に矛盾はないか。
条件が異なる場合、どの文書を優先するのか。
電子メールによる変更は今回だけか、今後の取引にも適用するのか。

契約書だけを保管しても、取引全体を管理したことにはなりません。

取引を構成する合意文書全体を、連動した仕組みとして管理する必要があります。

変更と終了まで、先に設計する

海外ビジネスは、契約締結時の計画どおりに進み続けるとは限りません。

取引量が増える。
取扱商品が増える。
業務範囲が広がる。
仕様が変更される。
市場環境が変わる。
担当者や経営体制が変わる。

取引条件を変更するとき、

誰が変更を提案できるのか。
誰が承認するのか。
価格や納期を見直すのか。
変更内容を、どの書面に残すのか。

を決めておく必要があります。

口頭や担当者間の電子メールだけで変更を重ねると、現在どの条件が有効なのか分からなくなります。

取引の終了についても同じです。

どのような場合に契約を終了できるのか。
何日前までに通知するのか。
未払い代金や残った在庫をどう扱うのか。
進行中の業務や成果物をどう精算するのか。
秘密情報や顧客情報をどう管理するのか。
終了後も守るべき義務は何か。

出口を決めることは、失敗を前提にすることではありません。

終了方法が明確だからこそ、双方は安心して取引を始められます。

経営者が取引の中身を決め、専門家が契約へ落とし込む

「外国語の契約書だから、すべて専門家へ任せよう」

それだけでは、自社に合った契約書はできません。

弁護士などの専門家は、合意した内容を法的に整理し、契約条項として表現できます。

しかし、

自社がどのような価値を提供するのか。
相手に何を担ってもらうのか。
どこまでを自社の責任とするのか。
どの情報や権利を守るのか。
どの判断を自社が持ち続けるのか。

といった取引の中身を決めるのは、経営者です。

取引の中身が曖昧なままでは、専門家も自社の事業に合った契約書を作れません。

まず経営者が、実現したい取引の姿を言葉にする。
その内容を、専門家が法律上の条件として契約書へ落とし込む。

この順番が重要です。

順番が逆になると、法律的には整っていても、実際の取引では使いにくい契約書になってしまいます。

個別の契約内容や法的効果は、取引内容や適用される法律によって異なります。重要な契約については、必要に応じて弁護士などの専門家による確認を受けることも欠かせません。

契約書は、事業を動かす「共通の設計図」である

契約書があれば、すべての問題を防げるわけではありません。

良い取引関係には、情報を共有し、問題が起きたときに話し合い、解決していく姿勢が必要です。

しかし、話し合いの基準がなければ、双方が自国の常識や担当者の記憶をもとに、異なる主張をすることになります。

担当者が替わっても、合意した条件を確認できる。
市場環境が変わっても、条件を見直す基準が残る。
問題が起きても、双方が確認した前提から話し合える。

契約書は、双方が立ち戻ることのできる共通の基準になります。

海外取引契約の目的は、相手を縛ることでも、自社だけを守ることでもありません。

提供価値、対価、情報、権利、判断権について、双方が同じ前提に立ち、実際に行動できる状態をつくることです。

必要な情報を開示する前に、NDAで守るべき範囲を確認する。
LOI、MOU、MOAなどを活用し、交渉の現在地を書面にする。
曖昧な言葉を、役割・数字・期限へ変える。
事業の変化に合わせて、合意内容を更新する。

契約書は、話し合った内容を記録するだけの書類ではありません。

双方が同じ前提に立ち、役割を果たし、事業を動かし続けるための「共通の設計図」です。

お互いの認識を、実行できる仕組みに変える。
海外取引契約には、合意を事業の動きへつなげる〈構造設計〉が必要です。

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