海外取引決済|「売れた」と「回収できた」は同じではない
海外ビジネス〈構造設計〉 山本雄彦 SPECIAL

海外ビジネスコンサルタント。30年以上にわたり、事業開発と国際取引を手掛けてきた実績。自ら海外事業を展開する一方、300社を超える企業・団体の海外進出を支援。数千万円規模の輸出入取引から、数千億円規模の大型国際プロジェクトへの参画まで多岐にわたる。
数多くの事案を通じて、海外ビジネスの成否は「事業全体の構造」に左右されることを実感。現場で培った知見を体系化した独自の〈7つの構造設計〉を提唱し、企業が世界で勝ち続けるための海外事業の設計・構築を支援している。
「商品は届いています。でも、代金が入ってきません」
「業務は完了しています。でも、検収が進まず、請求できません」
海外取引では、商品を販売したり、業務や技術を提供したりしただけで、取引が完了するわけではありません。
請求書を発行する
支払期日を迎える
代金が自社の口座へ入る
入金を確認できて、初めて一つの取引が完結します。
海外企業から注文や依頼を受けると、どうしても「いくら売れたか」に意識が向きます。
しかし、経営者が同時に考えなければならないのは、
誰が支払うのか
何に対して支払うのか
いつ支払うのか
どの通貨と方法で支払うのか
支払われない場合にどうするのか
という、代金回収の仕組みです。
海外取引決済は、単に送金方法を選ぶことではありません。
商品やサービスによって生み出した価値を、確実に資金へ変えるための〈構造設計〉です。

決済方法を選ぶ前に、相手と取引を知る
海外取引では、銀行送金、信用状、カード決済、オンライン決済など、さまざまな方法が使われます。
しかし、すべての取引に適した決済方法が一つだけあるわけではありません。
初めて取引する相手なのか
長年の取引実績がある相手なのか
相手企業の支払能力は安定しているのか
取引金額は、自社にとってどの程度の規模なのか
代金が入らなかった場合、自社の経営にどのような影響が出るのか
同じ銀行送金でも、全額前払いと納品後90日払いでは、売り手が負う資金負担と回収リスクが大きく異なります。
「有名な企業だから大丈夫」
「担当者が誠実そうだから信用できる」
「これまで問題がなかったから、今回も大丈夫だろう」
人に対する信頼は、海外ビジネスに欠かせません。
一方、企業間の取引では、相手企業の支払能力、社内の決裁権限、経営状態、所在国の事情なども確認する必要があります。
相手を信頼していても、支払条件まで曖昧にしてよいわけではありません。
長く取引を続けるためにも、代金回収の仕組みを取引開始前に整えておくことが重要です。
代金回収を決める五つの問い
決済手段を比較する前に、取引の中身を五つの問いで整理します。
1.誰が支払うのか
契約相手、請求先、商品の受取人、実際の送金者が、すべて同じとは限りません。
海外の販売会社と契約したものの、代金は関連会社から送金される
本社と契約したものの、支払いは現地法人が担当する
代理店へ商品を供給したものの、最終顧客から直接支払われる
業務やサービスの提供でも、契約を締結した企業と、実際にサービスを受ける海外拠点が異なる場合があります。
業務を依頼した担当者に支払権限がなく、本社や別部門の承認が必要になることもあります。
こうした取引では、
誰に請求書を発行するのか
誰が支払義務を負うのか
第三者からの送金を受け入れるのか
契約相手と送金者が異なる場合、どのように確認するのか
を明確にします。
契約相手の名称を確認するだけでは不十分です。
請求書を受け取り、社内で承認し、実際に送金する人や組織まで確認しておく必要があります。
2.何に対して支払うのか
商品取引であれば、商品名、数量、単価、送料、保険料などを確認します。
業務やサービスを提供する場合には、業務範囲、成果物、実施期間、完了条件、追加対応の扱いなどを明確にします。
支払義務が確定する時点も重要です。
注文を受けた時点なのか
商品を出荷した時点なのか
相手へ到着した時点なのか
検品や検収が完了した時点なのか
成果物を提出した時点なのか
毎月の業務を終えた時点なのか
「納品後に支払う」と定めても、双方が考える「納品」の意味が違えば、支払時期もずれます。
サービス取引では、
「成果を確認してから支払う」
「業務完了後に支払う」
という条件にも注意が必要です。
何をもって成果とするのか
誰が確認するのか
何日以内に確認するのか
修正依頼は何回まで認めるのか
確認方法や期限が曖昧であれば、相手の判断だけで検収や支払いが先送りされる可能性があります。
何を提供し、どの状態になれば請求できるのか。
契約内容、提供内容、請求条件を一致させる必要があります。
3.いつ支払うのか
支払時期には、さまざまな選択肢があります。
全額前払い
一部前払い
出荷時払い
納品後払い
検収後払い
進捗に応じた分割払い
売り手にとっては、前払いの方が回収リスクを抑えられます。
一方、買い手は、商品や成果を確認してから支払いたいと考えるでしょう。
重要なのは、どちらか一方の希望を押し通すことではありません。
取引実績、相手の信用状態、金額、自社の資金負担などを踏まえ、双方が実行できる条件をつくることです。
たとえば、
契約時に着手金を受け取る
出荷前に一定割合を受け取る
残額は納品後に受け取る
取引実績に応じて、前払いから一部後払いへ変更する
といった段階的な設計も考えられます。
長期間にわたる業務では、すべてを完了してから一括請求すると、提供する側の資金負担が大きくなります。
契約時に着手金を受け取る
中間成果の提出時に中間金を請求する
業務完了時に残金を受け取る
このように、業務の進み方と支払いの時期を連動させます。
継続的な支援であれば、月額料金を前月末または当月初めに受け取る方法もあります。
商品や業務を先に提供し続け、支払いだけを後へ積み上げないことが重要です。
ユーザンスは、買い手に認める支払猶予である
海外取引では、商品を船積みした日や、役務の提供が完了した日から、実際の決済日まで一定の猶予期間を設けることがあります。
この支払猶予期間を、一般に「ユーザンス」と呼びます。
ユーザンスの期間は、船積日、船荷証券の日付、納品日、検収日など、契約で定めた起算日から支払期限までの日数で表します。
たとえば、
船積後30日払い
船積後60日払い
船荷証券の日付から90日後払い
役務の検収後30日払い
といった条件です。
信用状取引にも、必要な書類が整えば支払われる「一覧払い」と、書類の提示後、一定期間を経て支払われる「ユーザンス付き」の条件があります。
ユーザンスは、単に支払日を後ろへ動かす条件ではありません。
買い手にとっては資金繰りの余裕になりますが、売り手にとっては、代金を受け取るまでの資金負担と回収リスクが増えることになります。
外貨建て取引であれば、決済までの期間が長くなるほど、為替相場が変動する時間も長くなります。
ユーザンスを認める場合には、
何日間の支払猶予を認めるのか
どの日を起算日とするのか
金利や金融費用を誰が負担するのか
不払いに備えて保証や保険を組み合わせるのか
まで確認します。
後払いを認めることは、その期間、売り手が買い手へ信用を供与することでもあります。
4.どの通貨と方法で支払うのか
支払通貨は、売り手と買い手のどちらが為替変動の影響を負うのかに関わります。
日本円
米ドル
ユーロ
相手国の通貨
どの通貨で価格を決めるのか
見積価格をいつまで有効とするのか
為替相場が大きく変動した場合、価格を見直すのか
銀行手数料を誰が負担するのか
中継銀行の手数料が差し引かれた場合、差額をどう扱うのか
契約や見積もりの段階で確認しておく必要があります。
為替差益と為替差損を、偶然に任せない
外貨建ての取引では、売上や仕入れを計上した時点と、実際に決済した時点の為替レートが異なることがあります。
その差によって、為替差益または為替差損が生じる場合があります。
日本企業が米ドルで輸出代金を受け取る場合、円安になれば、同じ米ドルの金額でも円へ換算した受取額が増えることがあります。
反対に円高になれば、当初想定していた円貨額を下回る可能性があります。
輸入や海外企業への業務委託では、関係が逆になります。米ドルで支払う金額が同じでも、円安になれば、支払いに必要な円貨額が増加します。
為替変動は、利益を増やすこともあれば、想定していた利益を失わせることもあります。
そこで確認したいのが、
どの為替レートを前提に価格を決めるのか
受け取った外貨を、いつ円へ交換するのか
外貨のまま保有するのか
大きな為替変動に備えるのか
という方針です。
為替予約で、将来の円貨額を見通しやすくする
為替変動の影響を抑える方法の一つに、為替予約があります。
為替予約では、将来、外貨と円を交換する際の為替レートを、あらかじめ金融機関と取り決めます。
将来受け取る外貨の円換算額や、外貨で支払うために必要な円貨額を見通しやすくなり、為替変動による収益のぶれを抑えることができます。
ただし、予約後に相場が自社に有利な方向へ動いても、その相場を利用できないことがあります。
また、為替予約は、自由に変更や取消しができるとは限りません。金融機関が変更や取消しを認めた場合でも、費用が発生することがあります。利用にあたって金融機関の審査が必要となる場合もあります。
為替予約の目的は、為替相場で利益を狙うことではありません。
商品やサービスの価格を決めた時点で想定した利益を、為替変動によって大きく失わないための仕組みです。
取引金額、決済時期、外貨の入出金予定を整理したうえで、取引金融機関と相談する必要があります。
銀行送金
銀行送金は、海外取引で広く使われる方法です。
前払い、後払い、分割払いなど、さまざまな支払条件に対応できます。
ただし、銀行送金を選んだだけで、代金回収が安全になるわけではありません。
商品や業務を先に提供し、後払いにすれば、売り手が回収リスクを負います。
どの銀行を使うかだけでなく、いつ送金してもらうかが重要です。
信用状
信用状取引では、信用状に定められた条件に沿った書類を提示することを前提に、発行銀行が支払いに関与します。
大口の商品取引や、初めて取引する相手との決済で検討される方法です。
ただし、信用状があれば、無条件に支払われるわけではありません。
一覧払いなのか
ユーザンス付きなのか
どの書類を提出するのか
どの銀行が信用状を発行するのか
手数料を誰が負担するのか
取引開始前に確認します。
信用状の条件と提出書類が一致していなければ、支払いが遅れたり、受けられなくなったりする可能性があります。
銀行を通じた書類の取立て
一部の商品取引では、銀行を通じて船積書類と代金の取立てを行う方法もあります。
ただし、取立てを扱う銀行が、買い手の支払いそのものを保証する仕組みではありません。
相手から書類取立てによる決済を求められた場合には、
支払いを受けるまで商品を管理できるのか
買い手が支払いを拒否した場合、商品をどうするのか
必要な書類や手数料は何か
を取引金融機関へ確認します。
カード・オンライン決済
少額の商品取引、デジタルサービス、継続課金などでは、カードやオンライン決済も選択肢になります。
手軽に利用できる一方で、
決済手数料
利用限度額
入金までの期間
返金や支払取消し
利用国や取扱内容の制限
などを確認する必要があります。
便利さだけでなく、自社の取引形態、金額、回収期間に合っているかを判断します。
5.支払われない場合にどうするのか
支払期日を決めるだけでは、代金回収の設計として十分ではありません。
重要なのは、支払期日を過ぎた場合の対応です。
いつ督促するのか
何日遅れたら次の出荷を止めるのか
新しい業務への着手を止めるのか
継続的な支援や保守を中断できるのか
遅延によって発生した費用をどう扱うのか
どの段階で契約を終了するのか
支払いが遅れているにもかかわらず、
「長い付き合いだから」
「次の注文があるから」
「強く言うと関係が悪くなるから」
と商品やサービスの提供を続ければ、未回収額がさらに膨らむことがあります。
未払いがある間は、追加出荷を行わない
新しい業務へ着手しない
成果物やデータの最終引渡しを、入金確認後とする
取引限度額を設定する
相手との関係を守るためにも、感情ではなく、あらかじめ決めた基準で対応できるようにしておく必要があります。
保証や貿易保険で、回収リスクを補完する
取引金額が大きい場合や、長い後払いを認める場合には、契約相手の信用だけに依存しない方法も検討します。
親会社による支払保証
銀行による保証
前受金や保証金
取引限度額の設定
貿易保険の利用
親会社保証や銀行保証を利用する場合には、誰が、どの債務を、どの金額まで、どの期間保証するのかを書面で明確にします。
「有名な企業グループだから安心」
「親会社も取引を知っている」
という事実だけで、親会社が支払義務を負うとは限りません。
貿易保険は、取引先の倒産や不払い、戦争、外貨送金規制などによって、輸出不能や代金回収不能が生じた場合の損失を補完する制度です。
貨物の輸出だけでなく、海外向けの技術や役務の提供を対象とする保険もあります。
ただし、貿易保険に加入すれば、すべての不払いが自動的に補償されるわけではありません。
対象となる取引
補償される危険
補償される金額や割合
申込みの時期
事故発生時の手続き
などの条件を事前に確認する必要があります。
また、貿易保険は、輸出不能や代金回収不能などの取引上の損失を対象とする制度です。
輸送中の貨物の滅失や破損などを対象とする貨物海上保険とは、補償する役割が異なります。
保証や保険は、曖昧な支払条件を補うものではありません。
相手の信用を確認する
支払時期を決める
未払い時の対応を定める
必要に応じて保証や貿易保険を組み合わせる
複数の仕組みによって、回収リスクを管理します。
相手側の協力と検収にも期限を設ける
商品やサービスの提供は、自社だけで完結するとは限りません。
相手から必要な資料が届かない
商品の仕様が確定しない
担当者から承認の返事がない
成果物の検収が行われない
相手側の対応が遅れることで、納期や請求時期がずれる場合があります。
このような場合に、
納期をどのように変更するのか
請求時期を延期するのか
一定期間内に異議がなければ、検収が完了したものと扱うのか
待機期間中に発生する費用をどうするのか
を、契約交渉の段階で話し合います。
相手側の協力が遅れているにもかかわらず、提供する側だけが納期遅延や入金遅延の負担を負う条件では、安定した取引を続けられません。
送金先の変更は、電子メールだけで判断しない
海外送金では、取引相手を装った第三者から、
「銀行口座が変わりました」
「今回から別の口座へ送金してください」
という連絡が届くことがあります。
表示名や署名が正しく見えても、電子メールが偽装されている可能性があります。
送金先の変更があった場合には、
以前から使用している電話番号へ連絡する
オンライン会議で本人に確認する
社内で複数の担当者が確認する
口座名義と契約相手との関係を確認する
など、電子メール以外の方法を組み合わせます。
確認に使用する電話番号も、口座変更を知らせる電子メールに書かれた番号ではなく、名刺や過去の登録情報などから確認します。
一度誤った口座へ送金すると、資金を回収することが難しくなる場合があります。
決済条件だけでなく、送金指示を確認する手順も、取引の仕組みに含める必要があります。
契約条件と実際の請求を一致させる
契約書で支払条件を決めても、見積書、注文書、請求書の内容が一致していなければ、入金が遅れる原因になります。
契約書には「出荷前払い」と書かれている
見積書には「納品後30日」と書かれている
請求書には支払期限が記載されていない
こうした状態では、相手側でも、どの条件に従えばよいのか判断できません。
契約書
見積書
注文書
請求書
納品書
検収記録
電子メール
支払いに関係する文書を連動させ、取引ごとに確認できる状態をつくります。
業務やサービスの場合も、提案内容、契約上の業務範囲、成果物、請求金額が一致していなければなりません。
入金後には、
どの請求に対する入金なのか
金額に不足はないか
銀行手数料が差し引かれていないか
予定どおりの日付に入金されたか
為替差損益がどの程度生じたか
を照合します。
代金回収は、営業担当者や経理担当者だけの仕事ではありません。
営業、物流、業務担当、経理、経営者が同じ支払条件を理解し、管理できる仕組みが必要です。
売る条件と、回収する条件を同時に決める
価格や数量、業務内容を決めるとき、支払条件を後回しにしてはいけません。
同じ100万円相当の取引でも、
全額前払い
契約時に半額、納品後に半額
納品後90日払い
では、自社が負う資金負担と回収リスクが大きく異なります。
さらに外貨建てであれば、決済までの期間によって、円で受け取れる金額も変わる可能性があります。
売上金額だけを見れば、同じ取引に見えます。
しかし、実際の経営への影響は同じではありません。
海外取引決済の目的は、数多くある送金方法の中から、名称だけで一つを選ぶことではありません。
誰が、何に対して、いつ、どの通貨と方法で支払い、支払われない場合にどう対応するのか。
さらに、
為替変動をどこまで負うのか
どの程度の支払猶予を認めるのか
保証や保険をどのように組み合わせるのか
まで含めて、回収できる仕組みをつくることです。
商品を届ける
業務や技術を提供する
請求する
代金を回収する
入金を確認し、次の取引へ進む
提供する仕組みと、回収する仕組みを一体で設計する。
海外取引決済には、提供した価値を確実に資金へ変える〈構造設計〉が必要です。
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