透明資産経営|社内に正論が増え始めたとき業績は踊り場に入る!?

こんにちは!企業の空気をおカネに変える専門家、透明資産コンサルタントの勝田耕司です。
透明資産とは、業績に影響する空気感を意図的に設計し、運用する仕組みのことです。透明資産を取り入れた透明資産経営は、お客様との絆を深め、従業員同士の信頼関係を育み、商品・サービスの独自性を強化します。その結果として、企業は持続的な成長軌道に乗っていきます。
社内に正論が増え始めたとき、業績はほぼ例外なく踊り場に入ります。これは少し刺激的な言い方かもしれませんが、数多くの企業を見てきた中で、驚くほど再現性の高い現象です。
正論とは、間違っていない意見のことです。理屈は通っており、数字とも整合していて、誰が聞いても反論しづらい。だからこそ、正論が多い組織は一見すると健全で、成熟しているように見えます。議論は理性的で、感情的な衝突も少なく、会議はスムーズに進み、意思決定も早い。しかし、その静かな合理性の裏側で、組織はある重要なものを少しずつ失っていきます。それが、挑戦です。
正論が空気を支配し始めると、組織から挑戦が消えていきます。なぜなら、挑戦とは本質的に「正しくないかもしれない可能性」を引き受ける行為だからです。挑戦は最初から完成されたものではありません。仮説であり、直感であり、違和感から生まれるものです。成功する保証はなく、説明は後付けになることも多い。
一方で、正論はすでに完成されています。過去の実績があり、既存の前提に基づき、再現性のあるロジックで構成されているため、説明責任を果たしやすく、仮に失敗しても「仕方なかった」と言い訳が立ちます。この二つを並べたとき、正論が強い空気の中でどちらが選ばれるかは明白です。
心理学の研究でも、人は集団の中で「否定されにくい意見」を優先的に選ぶ傾向があることが分かっています。特に評価や立場が絡む場では、この傾向はさらに強まります。正論は否定されにくく、安全です。対して挑戦は否定されやすく、危険を伴います。この安全と危険の構図が空気として固定されると、組織はゆっくりと守りに入っていきます。
正論が増え始めた会社では、会話の中身も変わってきます。前例がない、今のやり方で十分成果が出ている、リスクが高すぎる、費用対効果が見えない。どれも正しい意見です。しかし、その正しさが積み重なることで、可能性は少しずつ削られていきます。
業績が踊り場に入るのは、まさにこの段階です。落ちてはいないものの、明確に伸びもしない。なぜなら、意思決定が過去の延長線上にある「正解」だけに限定されてしまうからです。ここで重要なのは、正論そのものが悪なのではないという点です。問題は、正論が「空気」になってしまうことにあります。正論が空気になると、正論を言える人が強くなり、正論を言えない人は黙り、正論でない意見は口に出る前に消えていきます。
この状態では、誰も間違ったことを言わなくなります。しかし同時に、誰も新しいことを言わなくなります。組織としては安全になりますが、未来は閉じていきます。経営の本質は、正しさを選ぶことではありません。可能性を選ぶことです。正しいかどうか分からないものに、どこまで賭けるのか。不確実な状況の中で、どの方向に舵を切るのか。その判断こそが、経営者の仕事です。
ところが、正論が空気を支配すると、経営判断は「合議の正しさ」に引きずられます。みんなが納得するか、反論されないか、説明できるか。こうした基準で意思決定が行われるようになると、経営は一気に保守化します。行動科学の研究でも、集団内で正しさが強調されるほど、リスクを取る行動が抑制されることが示されています。これは個々人が臆病になるからではありません。空気が、人をそう動かしているのです。
正論が増え始めた組織では、挑戦しない人が評価され、挑戦する人が扱いづらい存在になっていきます。話が飛ぶ、現実を見ていない、危なっかしい。こうしたレッテルが貼られ始めたとき、それは明確な危険信号です。挑戦は、最初から正論ではありません。むしろ最初は、違和感や仮説として現れます。それを育てる空気がなければ、挑戦は芽のうちに摘み取られてしまいます。
透明資産経営の視点で見ると、正論とは「結果を安定させるための道具」であって、「未来を切り拓くための道具」ではありません。未来をつくるのは、正論になる前の、未成熟な思考です。業績が伸び続けている企業は、正論を否定しません。しかし、正論に支配されてもいません。正論はあくまで一つの視点として扱われ、仮説や直感と並列に置かれています。だからこそ、議論が生き続けるのです。
一方で、踊り場に入った企業では、正論がヒエラルキーを持ち始めます。正論を言う人が偉く、正論に反する人は危うい存在になる。この空気が固定されると、組織は確実に老化します。それは年齢の問題ではなく、思考の年齢の問題です。そして最も厄介なのは、正論の空気が「正しい顔」をしていることです。誰も悪意を持っていない。誰も間違ったことを言っていない。だからこそ、問題に気づきにくい。
ここで経営者に問われるのは、正しさを集めることではありません。正しさでは測れないものを、どこまで許容できるかという姿勢です。正論ばかりが飛び交う会議の中で、あえて問いを投げられるか。まだ形になっていない意見を保留できるか。説明できない違和感を、そのまま場に残せるか。これができなくなった瞬間、業績は緩やかに頭打ちになります。
社内に正論が増え始めたとき、業績は踊り場に入る。これは単なる現象論ではなく、経営への警告です。正しさが空気を支配すると、挑戦は消え、挑戦が消えると未来も消えていきます。正論を捨てる必要はありません。ただし、正論を「空気の王様」にしてはいけない。正論の一段下に、未完成な思考が息をできる余白を残すこと。それこそが、業績を踊り場から引き上げる、唯一の方法です。
空気は、正しさで固めた瞬間に動かなくなります。経営が前に進むのは、正しさと未熟さが同居しているときだけなのです。
ー勝田耕司

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