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専門コラム「指揮官の決断」 No.045 左警戒、右見張り

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

かつて、海上自衛隊で艦隊勤務についていたことがあります。
 幹部候補生学校を卒業して幹部自衛官に任官し、遠洋航海で鍛えられた後、初任幹部として護衛艦に乗組むと、固有の配置の他に航海中は艦橋で当直に立たなければなりません。

最初の頃は航海指揮官付として、当直の航海指揮官の補佐を行うことになります。
 つまり、艦橋に航海指揮官とペアで当直に立ち、操艦の指揮にあたる航海指揮官の補佐をするのです。
 具体的には、船の現在位置を測定し、予定コースとのずれや時間の遅れや進みを計算し、計画通りに戻すためのリコメンドをしたり、艦内に通達する号令や見張りの監督、信号の解読、司令部や他艦との連絡などに当たるのです。この勤務の間に艦長や航海指揮官の操艦を見て勉強し、航海指揮官として立派に当直に立つことができるようになる心構えを作っていきます。

この時に艦長や航海指揮官からよく指導されたのが「左警戒、右見張り」という言葉です。

船が航行中、左側で何かが起こったとします。
 左の見張りが潜望鏡を視認したとか、左側を走っていた船がいきなり炎に包まれたりすると、思わずそちらを見てしまいます。
 ところが、総員が左を注視していると、右から忍び寄ってくる敵に気が付かずにやられてしまうことがあります。
 つまり、いかに一方で警戒すべき事態が生じていても、反対側への注意を怠ってはならないという教えなのです。

この教えは、その後、飛行機の操縦訓練を受けている時にも教官から繰り返し繰り返し教えられました。
 パイロットは一点を注視してはなりません
 人によって癖があり、外の景色ばかり見ている人と、計器が気になってそちらばかり見ている人がおり、私はどちらかというと外ばかり見ているタイプなのですが、このタイプの危険なのは、速力に対する注意がおろそかになりがちなことです。

高いところから地上を見ていると、車で窓の外を通り過ぎていく景色のように飛んでいくように景色が変わっていくわけではなく、高度によっても見え方が変わりますので、景色の変化だけでは自機の速力の変化を把握するのが困難です。
 特に雲の上では、自機の速力はほとんどわかりません。つまり、速度計を絶えず確認していないと速力の変化に気付きにくいのです。これが怖いのは、失速速力になるまで気が付かないことがあるということです。

外をずっと見ていることの問題は、速度だけではありません。特に夜間など、絶えず計器と見比べていないと、空間識失調という症状に見舞われることがあります。上下左右の方向が錯覚で分からなくなるのです。
 正常に飛行しているのに、急に上下さかさまに飛んでいるという錯覚にとらわれ、パニックになったり、姿勢を正そうとして誤った操作をしたりして事故になることが度々あります。

私も初めて単独の夜間飛行を行った時に、沿岸部の海上を飛んで、ほんの一瞬ですが、船の灯火を星と見誤ったことがあります。機首前方の下の方に星が見えたので、機首を上げ過ぎたのかと勘違いしたのです。
 エッと思ったのですが、新米パイロットなので何が起こったのかよく分かりません。もう一度見るとやはり星が機首の下に見えるので、自分の飛行機の姿勢がどうなっているのかを確認するために昇降率を示す計器に目を走らせると、機首は真っ直ぐなことがわかりました。
 そこでもう一度星を見ると、そこに緑や赤の光が見えてたので船だということに気が付いたのです。
 私が少し慣れたパイロットであれば、機首を上げ過ぎたと思った瞬間に機首を下げる動作をしていたかもしれません。大きな空港に着陸するために、その管制空域を飛んでいたので、勝手に高度を変えた場合、大事故になった恐れがあります。新米だからよかったのかもしれないと思うことがあります。

パイロットは正面、左右、上方、下方に絶えず視線を走らせて危険がないかを確認するとともに、各計器にも注意を払い、異常が起きていないかどうかを常にチェックしていなければなりません。さらには自分の計器だけでなく、副操縦士席の計器にも気を配って、自分の計器が狂っていないかどうかを確認していなければなりません。

一つのことに集中してしまうと、全体を見ることができなくなるし、一方で全体の概観だけでは、細部の変化を見落とすことにもなりかねません。
 つまり、一点を注視するのではなく、しかし万遍無く全体を見回しているだけでもない、細部と全体についての意図的な注意が必要です。
 つまり、車の運転、船の操船、航空機の操縦など、漫然と運航にあたっていることなどできるはずはないのです。
 しかし、このことはこれら動くものの操作に限るものではありません。社会を見る際にも必要な注意です。 

現在、私たちの関心は北朝鮮のミサイルや核実験、あるいは衆議院議員の選挙の行方に向かっています。
 しかし、キム君の一挙一動に注意を奪われている間に、中国は尖閣諸島へのアクセスを激化させていますし、南海トラフにはプレートの潜り込みによる圧力がどんどん溜まっています。富士山もマグマをしっかりとため込んでいます。
 どれをとっても日本をひっくり返しかねない大事件になるはずです。私たちは日本海や朝鮮半島だけを見つめているわけにはいかないのです。

 

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