専門コラム「指揮官の決断」 No.046 言葉が軽すぎる

  クライシスマネジメント(想定外の危機への対応) 林祐 SPECIAL
林祐 SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルティング

株式会社イージスクライシスマネジメント 代表取締役 林祐

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。


世の中は総選挙の話題で満ち溢れています。
 先に安倍内閣の内閣府政務官の官僚・政治家としての資質に触れ(https://www.jcpo.jp/archives/15194)、さらには東日本大震災当時の菅内閣の復興担当大臣の常識の欠如に触れたコラムを掲載しました(https://www.jcpo.jp/archives/15941)。安倍内閣の復興担当大臣の発言についての批判も掲載いたしました(https://www.jcpo.jp/archives/18500)。

また、最近は防衛大臣の更迭後に外務大臣を兼務させたことに関し、かなり強烈な批判をしています(https://www.jcpo.jp/archives/20872)。

これらを読んでいたある方とお目にかかった際、私が一体どちらを支持しているのかと尋ねられました。
 この方には申し訳ないのですが、私はどちらかを支持し、どちらかに反対しているわけではありません。
 政治家が嫌いなのです。

私が我慢がならないくらい嫌いなものがこの世に3つあります。

政治家、マスコミ、そしてフルーツマシュマロです。
 キャンプで木の枝などに刺して焚火にくべて食べるマシュマロは好きなのですが、お菓子屋の棚にのっているあのプニュプニュした・・・・・そんなことはどうでもいいのですが、政治家とマスコミが嫌いなのには大きな理由があります。

マスコミ、特にジャーナリストや評論家が嫌いなのは、彼らが自分たちは何もせず発言しかしないにもかかわらず、言論の自由の陰に隠れて自らの発言には一切の責任を取ろうとしないからです。
 もっとも、これは報道や評論に携わる人々の特権ですから仕方がないかもしれません。しかし、最近のジャーナリストや評論家の不勉強なのにはびっくりすることが多々あります。
 都知事選では報道の現場から政治家に転身しようとした著名なジャーナリストがいましたが、呆れかえるほどの無知を披瀝し、よくこれでジャーナリストととして仕事をしてきたなと思わされました。
 これらは無視しておけばいいのですが、政治家は大変な実害を私たちの社会に与えるので無視できません。

私が政治家を嫌いなのは、彼らの言葉が軽いからです。
 選挙演説で、「皆様とのお約束を守るため、命懸けで戦ってまいります。」と絶叫する候補者をたくさん見てきましたが、公約を守れなかったことの責任を取って自決した政治家というのを知りません。「命を懸けた」はずなのに。
 汚職が発覚しそうになって飛び降りたりする政治家は時々いますが、公約のとおり、命懸けで政治に取り組んで責任をとった政治家を見たことがありません。

自決出来ないのなら、せめて政治生命くらいは自分で絶てよと思うのですが、自分のやってきたことを恥も外聞もなく飾り立てて、肝心の公約違反についてはだんまりを決め込み、落選するまで懲りないのが大方の政治家です。

私は学校を出て海上自衛隊に入隊しました。広島県江田島の幹部候補生学校に着いて制服を初めて着た夜、教室に集められた私たちに1枚の紙が配られました。
 宣誓書と印刷されたその紙をよく読んで自分の意志で署名をしろ、というのです。署名をしたくなければしなくていいので、明日、故郷へ戻れということでした。

それは服務の宣誓というもので、「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、強い責任感をもつて専心その職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に努め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。」と書かれていました。

私たちは、自分の命に代えても国民の負託にこたえるという宣言を自分の意志で行い、その日に備えて切磋琢磨が始まりました。
 しかし若いころは、自分はいざという時、最後まで恐怖に打ち勝って自らの使命を果たすことができるだろうか、ひょっとして部下の前で臆病な振る舞いをしてしまうのではないかという恐れと戦わなければなりませんでした。
 覚悟ができるまで、やはり相当の日数を必要としました。

候補生学校を卒業して十数年経ち、私たちのクラスが部隊の中核的存在になっていたある日、「能登半島沖不審船事案」という自衛隊創立以来初めて「海上における警備行動」が下令されるという事件が起きました。
 停船命令に従わない不審船への対応が海上保安庁の能力を超えるとして海上自衛隊に出動命令が下ったのです。

青森県八戸の航空基地から哨戒機が飛び立ち、不審船の前方に対潜爆弾を投下して海面で爆発させ、不審船の行き足を削ぐことになりました。
 私は海幕の防衛課員としてこの事態への対応準備をしていましたが、この爆撃を行う一番機は撃墜されるだろうと思っていました。不審船が肩に担いで撃つことのできる対空ミサイルを当然に持っていると考えていたからです。
 一番機が撃墜され、二番機が自衛権を発動し、爆弾の前方への投下ではなく、直撃を与える爆撃に切り替えることになるのだと思っていました。

不審船の行き足を削いだ後に護衛艦が強引に近接して、立ち入り検査を行うことも計画されました。
 この頃の海上自衛隊には現在のような立ち入り検査を専門に行う特殊部隊がなく、護衛艦乗員で検査隊を編成して送り込まざるを得ませんでした。
 特殊戦の専門的訓練を受けていない臨時編成の検査隊では、乗船した後に撃ち合いになったら殉職者が出ることを覚悟しなければならないと思いました。

八戸からの報告で、一番機の機長が候補生学校の同期であることがわかりました。
 また、後で知ったのですが、護衛艦では、やはり候補生学校の同期生が若い幹部に任せるわけにはいかないと自分が指揮官を志願して立入検査の準備をしていたそうです。

私は、この事件で同期生を一挙に二人失いかけていたのです。
 幸い、一番機は撃墜されず、立ち入り検査も行われませんでしたので、いまだに彼らと同期会で飲むことが出来るのですが、彼らは、現場ではそれなりの覚悟をしていたに違いありません。

そのような日々を送った私たちが、選挙カーから「命懸けで戦ってまいります。」と絶叫する政治家を見て、どういう思いに駆られるのかをご理解頂ける方は多くはないでしょう。
 「命懸け」という言葉はこんなに軽かったのかと、絶望的なまでの虚しさに襲われるのです。

「霞が関は大馬鹿ですから」と発言した副首相兼国家戦略担当大臣が、それから三月も絶たないうちに、財務大臣として国会で質問を受け、乗数効果の意味を理解せず、何度も審議を中断した挙句、官僚の手を借りてしどろもどろの答弁を行っているのを中継で観たことがあります。

財務大臣はその政権が看板に掲げた子供手当の乗数効果を聞かれているのに消費性向の数字で答えていました。
 乗数効果というのは、経済学部の1年生が夏休み前に習うマクロ経済学の基礎的な概念であり、その意味するところを知らないと前期の試験をクリアできないほど基本的な概念です。
 乗数効果は限界消費性向の等比級数の和から求めるので、消費性向を知っているのであれば、乗数効果も荒っぽくは暗算で算出できるはずです。多分、消費性向の意味するところもご存じなく、ただその数字だけを覚えていたのでしょう。

野党の幹部の発言として「霞が関は大馬鹿」と言うのなら構わないのですが、副首相兼国家戦略担当大臣というのは行政府の長でもあり、自分が率いている行政府の役人が大馬鹿だと公然とののしる態度には、行政の長たる自覚が欠如していると言わざるを得ません。
 馬鹿ばかりだから政治主導でなければならないというご主旨なのかもしれませんが、だとすれば、財務大臣が経済学部の1年生が誰でも知っている常識すらなく、官僚の手を借りても満足な答弁ができないというのはどうなのでしょう。
 この人が二言目には口にしてきた「政治主導」というのは、その程度のものだったのでしょう。
 本来重いはずの「政治主導」という言葉が、極端に軽くなってしまい、ますます霞が関の官僚の思う壺です。政治家の言葉を軽くしてしまった張本人です。

この財務大臣が首相となってから生起した東日本大震災に際して、その政権の防衛大臣が福島の原発の冷却のためにヘリコプターから散水させるという世界のどの軍隊も経験したことのない危険な作業を自衛隊に実施させるにあたり、「首相と私の思いを汲んで統幕長が決断してくれた。」と述べました。

「私が決断した。」のではなく、「統幕長が決断した。」から実施する作戦なのです。「統幕長の助言により決断した。」のではないのです。
 私たち制服組は、政治主導を掲げた政権が自分たちの責任で決断したと言わなかったことに呆れかえり、かつ、シビリアンコントロールまで放棄してしまった発言に愛想をつかしたものでした。
 ただ、私たちは政権のために任務を果たそうとしていたわけではなく、私たちに与えられた使命のために任務を果たそうとしていたので、防衛大臣の発言は隊員の士気に影響を与えることはなく、被災地の方々の「ありがとう」の一言だけで十分だったのです。

この防衛大臣の後任の大臣は、ゴラン高原のPKO活動に参加している陸上自衛隊の派遣先がヨルダンだと答弁したり、ゴラン高原及び南スーダンのPKOの「緊急撤収計画」は表紙しか見たことがないと発言したり、テレビ番組で南スーダンに派遣するPKO部隊に付与する武器使用基準を尋ねられても何のことか理解せず、司会者が何度も武器使用基準の話だと言っているのに武器輸出三原則の話しかしないなど、びっくりするような言動が続きました。
 言葉が軽いとか何とか以前の問題です。

私は憲法の改正や安全保障法制の制定等については極めて慎重な立場をとっています。
 なぜなら、この程度の防衛大臣がまた現れる可能性があるからです。
 武器使用基準が何たるかを理解せず、緊急撤収計画も見ていない大臣に命令されて任務に就く部隊の指揮官が気の毒でなりません。自分の責任を逃れるためであればシビリアンコントロールすら捨ててしまう政治家に政治主導などされるいわれもありません。
 私は政治家を基本的に信じておらず、そのような政治家を生み出しているこの国の民主主義にも極めて懐疑的です。

とにかく政治家の言葉が軽すぎるのです。
 リーダーの言葉は重くなければなりません。ほんのちょっとした軽はずみな発言が、リーダーから統率力を一挙に奪ってしまうことすらあるからです。

決してリーダーは口が重くなければならないと主張しているわけではありません。饒舌なリーダーであっても構わないのです。
「言葉」が軽いのがダメだと言っているにすぎません。
 信念のないリーダーの言葉が軽いのです。

最後に改めて申し上げますが、私は政治家が大嫌いで、彼らと握手するくらいならマムシに頬ずりするほうを選びたいとまで思っています。
 とても悲しいことです。

 


「指揮官の決断」~元海上自衛官が教えるクライシスマネジメントとは~
林祐

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルティング

株式会社イージスクライシスマネジメント代表取締役

林祐

執筆者のWebサイトはこちら http://aegis-cms.co.jp/

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