軽くなった言葉の時代に、経営者が言語化すべきもの
数年前から、地元の大学院でマーケティングを教える機会をいただいています。講義は全15回あるのですが、そのうちの1回で「プロモーションの歴史」を扱うことにしています。
特に注目しているのが、コピーつまりプロモーションに使われる文章の変遷。私がコピーライターをしていたころに全盛だった、いわゆる“コピーライティング”と、現在SNSなどにあふれているコピーの何が違うのかという点です。
違いはテクニックではありません。言葉に込められた「意味の深さ」です。
かつてのコピーは、短い言葉のなかに、その背景にある想いや願い、積み重ねてきた時間や文脈を背負っていました。読む人にとって、その言葉がどこから来たのか、なぜ生まれたのかを想像させる余白があったように思います。
一方で、昨今の言葉は、意味を運ぶというよりも、音やリズムを運ぶことに、その機能の中心が移ってしまったように感じます。軽やかで、拡散しやすく、耳には残るけれど、心に沈殿するものは少ない。そんな言葉が増えているように思えます。
無理もありません。インターネット普及前と現在のあいだ、約20年で情報量は6000倍になったとも言われています。一つひとつの言葉の意味を丁寧に味わっていては、とても追いつかない。だから私たちは、深く考える前に次の情報へと目を移していきます。
別に、それ自体が悪いわけではないのでしょう。ただ、消化しないことにどこか強迫観念を覚えるように、次から次へと流していく。その状態が、日常になってしまっているような気もします。
さて、年の初めです。今年1年をどんな年にしようか、きちんと言語化できているでしょうか。考えはしたけれど、もやもやしたままで終わっていないでしょうか。
考えは、言葉に落とし込まれて初めて、世の中に対する影響力を持ちます。環境が比較的安定していた時代には、「以心伝心」で通じることも多かったでしょう。しかし、価値観も働き方も多様化した現代では、言葉にして伝えなければ、伝わらないのが前提です。
ところが、言葉の位置づけが軽くなっている昨今です。年初に誓いを立てたとしても、その言葉の浅さや軽さが気になります。
「今年は成長の年にする」
「変化を恐れず挑戦する」
よく耳にする言葉ですし、間違ってはいません。ただ、それが自分自身の経験や判断基準と結びついていないと、どうしても借り物の言葉になってしまいます。耳触りはいいけれど、行動を縛る力は弱い。忙しくなるほど、簡単に忘れ去られてしまうのです。
言葉が曖昧なまま走り出してしまう会社ほど、途中で迷いが生じやすいように感じます。判断に迷ったとき、「何を大切にする会社なのか」「どこに向かおうとしているのか」が言葉として共有されていないと、その場の空気や声の大きさで決まってしまう。結果として、後から違和感や不満が噴き出します。
一方で、業績が安定し、人が定着している会社ほど、言葉の扱いが丁寧です。派手なスローガンを掲げるのではなく、自分たちの仕事の意味を、何度も確かめるように言葉にする。理念やビジョンは飾るものではなく、日々の判断の拠り所として使われています。
年初に志や方向性を語ることに、気恥ずかしさを覚える人もいるでしょう。忙しいのに、そんなことを考えている余裕はない、と感じる経営者も少なくありません。
でも、本当に忙しいときこそ、立ち返るための言葉が必要なのだと思います。
計画は修正されます。数字も、外部環境によって簡単に変わります。
それでも変えてはいけない軸があるとしたら、「どんな会社でありたいのか」「何のためにこの事業を続けているのか」という、意味の部分です。そこが言葉になっていれば、多少の想定外が起きても、進む方向を見失わずに済みます。
年初は、その言葉をつくり直す絶好のタイミングです。
今年1年、どんな判断を積み重ねていきたいのか。何を守り、何を手放すのか。その基準になる言葉を、あらためて確認してみてはいかがでしょうか。年の初めだからこそ、言葉に向き合う時間を大切にしていただければと思います。
さて、あなたの会社では、今年の方向性はどんな言葉で語られているでしょうか。
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