海外見本市|市場を読み、次の戦略を見極める
海外見本市会期最終日の夕方。
出展ブースの机には、交換した名刺が厚い束になって置かれています。
「3日間で120枚です。かなり集まりました」
担当者は少し誇らしそうです。
私は名刺の束を見ながら尋ねます。
「この中で、帰国後すぐにもう一度会いたい会社は何社ありますか?」
担当者の手が止まります。
「……そこまでは、まだ整理できていません」
別のブースでは、現地代理店希望会社の社長が商品サンプルを手にして言いました。
「この国では私たちが全部販売します。独占代理店にしてください」
日本側の担当者はうれしそうに振り返ります。
「かなり有力ですよね?」
私は一つ確認します。
「この会社に任せたら、最終顧客が誰なのか、私たちは見え続けますか?」
展示会終了後のホテル。
担当者がスマートフォンで会場の写真を見ながら言います。
「今回はすごかったですよ。ずっと人だかりでした。来年も出ましょう」
私は聞きます。
「何が評価されたんですか?」
「え?」
「商品ですか。価格ですか。デザインですか。それとも珍しさですか?」
少し沈黙があります。
「今回の反応を見て、次に何へ投資するか決まりましたか?」
海外見本市では、
人が集まった
名刺が増えた
商談が盛り上がった
という光景に目を奪われます。
しかし、本当に持ち帰りたいものは、名刺の束でも会場の熱気でもありません。
「この市場で、次に何をするのか」を決めるための答えです。
海外見本市は、商品を並べて売る場所であると同時に、市場に仮説を持ち込み、その答えを取りに行く場所でもあります。
だから出展前に決めたいのは、
「何を売るか」だけではなく、「何を確かめ、何を決めて帰るのか」
です。

有名な展示会だから出る、では弱い
海外には、何万人もの来場者が集まる大規模な見本市があります。
しかし、来場者が多ければ自社にとって良い展示会とは限りません。
食品なら、
小売バイヤーに会いたいのか
輸入商社を探したいのか
外食企業に売りたいのか
高級市場を狙いたいのか
によって、選ぶ展示会は変わります。
機械でも、
販売代理店に会いたいのか
最終ユーザーの声を聞きたいのか
技術者から評価を得たいのか
で目的は違います。
最初に考えるべきなのは、
「どの展示会へ出るか」ではなく、「誰に会い、何を確かめるために出るのか」
です。
見本市選びの段階から、すでに市場戦略は始まっています。
全商品を並べる必要はない
せっかく海外へ行くのだから、できるだけ多くの商品を見せたい。
そう考える企業は少なくありません。
しかし、10商品を並べて、
「全体的に評判が良かったです」
で終わるより、
3商品に絞り、
誰が反応したか
何に反応したか
どの価格で反応が変わったか
を確認した方が、次の判断につながります。
たとえば、日本では「高品質」が最大の強みだと思っていた機械が、海外では、
「部品交換が簡単なのがいい」と評価されるかもしれません。
食品でも、
「このパッケージなら売りやすい」「この成分なら、我が国のビーガンマーケット層にピッタリ」
などと言われることがあります。
ここに重要な情報があります。
自社が価値だと思っているものと、顧客が買いたい価値は同じとは限りません。
海外見本市は、価値戦略を実際の市場で検証できる場所です。
「注文が取れなかった」から失敗とは限らない
展示会の成果というと、
商談件数
見積件数
受注金額
を見たくなります。
もちろん重要です。
しかし、海外事業では「売れなかった理由」が分かることにも大きな価値があります。
たとえば、
「この価格では難しい」
「この機能は必要とされていない」
「この国より別の市場の方が可能性がある」
「この商品では、別の機能が求められる」
「このサービスは、こう改善すべきだ」
と分かった。これは失敗でしょうか。
私はそうは考えません。
数千万円、数千時間を投じてから気づくより、展示会で気づく方が、はるかにコストパフォーマンスも、タイムパフォーマンスも良い。
「代理店になりたい」を、そのまま喜ばない
展示会では突然、
「御社の商品を扱いたい」
「独占代理店になりたい」
と言われることがあります。
商談としては前進です。
しかし、すぐに独占権まで与える必要はありません。
確認したいのは、
どんな顧客を持っているのか
どの地域を販売できるのか
競合商品を扱っていないか
営業体制はどうなっているのか
販売後の支援ができるのか
そして、もう一つ。
その会社と組んでも、自社は市場との接点を持ち続けられるか。
代理店へ任せた結果、
最終顧客が分からない
顧客の声が入らない
価格も販促も相手任せ
代理店を変更したくても市場情報がない
となれば、自社の商品でありながら、主導権を失います。
代理店選びは「売ってくれる会社探し」ではありません。
誰と組み、どこまで主導権を渡すのかという戦略判断です。
名刺120枚より、「次に会う5社」を決める
名刺をたくさん集めること自体が成果になるわけではありません。
120枚集まったなら、分類します。
すぐ商談を進める相手
追加調査する相手
市場情報を持っている相手
将来のパートナー候補
今回は追わない相手
全員へ同じメールを送るより、
「次に会うべき5社」を決める。
こちらの方が重要です。
そして、展示会場で印象が良かったからといって、すぐに信頼する必要もありません。
会社の実態、販売実績、既存取引、意思決定者、資金力などを確認します。
展示会は、相手を信頼する場所ではなく、信頼できる相手かを調べ始める場所なのです。
展示会費用より、「次に何へ投資するか」を見る
海外見本市には費用がかかります。
出展料
ブース設営
商品の輸送
渡航
宿泊
通訳
これらを合計すれば、大きな金額になることもあります。
しかし、出展後に考えるべきなのは、
「今回いくら使ったか」
だけではありません。
市場から得た答えをもとに、
商品を改良するのか
価格を変えるのか
代理店候補と交渉するのか
現地拠点を検討するのか
別の市場へ移るのか
今回は投資しないのか
を判断します。
見本市への投資は、次の投資判断につながって初めて意味を持ちます。
出展前に「帰国するときの答え」を決める
私は、海外見本市へ出展する前に、少なくとも五つの問いを決めておくことを勧めます。
誰に会いたいのか
何の価値を確かめたいのか
どんな相手なら組むのか
何が分かれば次の投資へ進むのか
どんな結果なら進まないのか
ここまで決めておけば、展示会場で見る光景が変わります。
人が集まったことだけでは喜ばない。
名刺の枚数だけを追わない。
「盛況でした」で報告を終わらせない。
顧客の反応を見る。
競合を見る。
価格を見る。
パートナー候補を見る。
そして、自社の仮説が正しかったかを見る。
海外見本市は「答えを取りに行く場所」である
海外見本市には、短期間に多くの情報が集まります。
顧客。競合。代理店候補。商品。価格。技術。市場の変化と最新情報。
だから私は、海外見本市を単なる販売イベントとして使うのはもったいないと考えています。
どの市場を選ぶのか。
何を価値として戦うのか。
誰と組むのか。
どこまで主導権を持つのか。
次にどこへ投資するのか。
海外見本市は、こうした問いに対する答えを、実際の市場から取りに行ける場所です。
出展する前に、
「何を売るか」だけではなく、「何を確かめ、何を決めて帰るのか」を決める。
海外見本市を次の戦略判断につなげる〈構造戦略〉の実践の場として捉えると、出展の意味は大きく変わります。
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