第99号:賃金アップは「売上の自然増」では実現しない――強い組織を支える数字構造の設計術

「シライ先生、薄々は感じていましたが、測定してみるとよく分かります。」こう仰るのは、製造業を営む3代目K社長です。
数年前に先代から会社を引き継がれたK社長にとって、この「薄々は」という言葉には重みがあります。
社員からの報告ベースの稼働を眺めている限り、仕事を取ってきても現場が捌ききれない、稼働はどこかで天井を打ってしまう、それでいて手元のキャッシュはわずかしか増えていかない。
K社長は、この矛盾にずっと気づいておられました。
しかし気づくことと、それを数字として測定し直視することとは、全く別の重みを持っています。
測定して初めて、K社長は「薄々」という感覚が、根拠のある現実であったことを思い知らされたのです。
会社を別のステージへと引き上げていきたいと願うなら、これまでの会社の数字構造を変えなければなりません。お金が残りにくい数字構造を、残りやすい数字構造へと組み替えていく。
そのためには、組織そのものを変えていく必要があります。
多くの社長は、数字を構造として設計しないまま経営を進めるため、人に関する扱いを根本のところで間違えています。
売上を上げるには人が必要だ、理念やビジョンの共有が必要だ、採用と教育に力を入れよう――どれも大切なことに違いありません。
しかし、絶対的に重要なことはそこではないのです。賃金水準です。
賃金水準がすべてではないにせよ、働く人が会社を選ぶ際の絶対的な基準であることは疑いようがありません。賃金水準の低い会社が、強い組織になるということはあり得ないのです。
こうお伝えすると、「賃金を高くできるなら誰も苦労しない」という声が、聞こえてくるようです。
しかし残念ながら、薄利多忙型の会社には例外なく、これほど重要な「賃金水準の設計」が存在しません。賃金は「会社の売上が良くなれば、自然に上がっていくもの」と考えられているからです。
ハッキリ申し上げれば、売上が上がったからといって、賃金水準まで上げられるとは限りません。薄い利幅で売上を作るやり方で人を投下していても、賃金は上がらないのは自明の理です。
また、賃金は現金支給です。実際の支払日に現預金がいくらあるか?です。会計上利益が出ていても、支払日の現預金が低水準なら売上が良かろうとも賃金は上げられません。
この二つを考えるだけで、「売上が良くなったら賃金も自然にあがる」という考えは成り立たないことが分かるでしょう。
数字構造の設計をしないまま「理念やビジョンを浸透させる」「採用と教育に力を入れる」と言ったところで、それが本当に賃金水準の向上につながっていくのかは、甚だ疑わしいと言わざるを得ません。その状態で社員に何かを期待する方が、無理な話なのです。
さらに賃金の難しさは、売上や利益に連動させて大きく増減させるわけにいかない点にあります。将来にわたって安定的に出し続け、緩やかであっても物価上昇の水準に合わせていかなければ、相対的に人材面で弱い会社になってしまいます。
社員の賃金という原資の確保には、安定的な原資確保という視点が絶対的に必要であり、これは売上を伸ばす、社員数を増やすということとは、まったく異なる考え方とノウハウを要するのです。「量的拡大」と「将来的な安定の確保」は、考え方そのものが違うのです。
重要なことは、賃金水準は数字構造を構成する各要素の総力戦である、ということです。
価格設定はその最たる要素に他なりません。価格が粗利を決め、社員一人が稼ぎ出せる粗利の上限を押し上げます。
そして、社員一人が時間当たりに捌く量をいくらに設定するかによって、一人粗利が決まり、賃金水準もまた決まってくるのです。
問題は、「社員一人の捌く量と賃金のバランス」を、無意識のうちに固定して考えてしまっていることです。
価格と粗利が上がれば、捌く量が変わらなくとも賃金原資は確実に大きくなります。
一人が捌く量についても、数字で現場を捉える仕組みさえあれば、いかに無駄な時間、お金にならない時間が積み重なっているかを、容易に掴むことができます。
その仕組みがないからこそ、何となく現在の生産性を固定的なものと思い込み、結果として薄利のまま売上を上げようと人を増やし、採用が大変だ、教育が大変だという話に終始してしまうのです。
目を向けるべきは、価格設定と、賃金水準を含めた数字構造の設計です。そして、その望む価格で受注が入り続ける仕組みがあるかどうか、これを計画的に組織が捌いていく「計画経営」の仕組みがあるかどうか、なのです。
賃金水準は、社員個々の働きや頑張りによって作られるものではありません。もし今の賃金水準が、求人票に出した際に他社の中に埋もれてしまう水準であるならば、採用や教育に力を入れる前に、するべきことがあるはずです。
あなたの会社は、賃金水準を社員の頑張りに委ねていませんか。それとも、賃金原資を計画的に生み出す仕組みを持っているでしょうか。
著:白井康嗣
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