第96号:バーに見る厚利安定ビジネスの本質――「誰にでも」の罠を断ち切り、望む顧客を創造せよ
先日、ある経営者と地方のバーに行った時の話です。
バーという場所は、くつろぎと気兼ねない会話を楽しむための空間です。私たちの前に立つマスターは、会話へ入る絶妙な間や、飲み物を勧めるタイミング、知的で心地よい受け答えによって、この場に上質な空気をつくり出しています。
カウンターの他にテーブル座席もあり、数組の客さんグループに、数人のバーテンダー。皆思い思いの過ごし方をしていて和やかな雰囲気が漂っています。
そんななか、我々の近くのカウンターに座っていた二人組のお客様は仕事の話をされていたようす。その会話は「最近は〇〇なことばかりで、なんだかいつも経営者ばかりいい思いしてるんだよ」という内容です。
私たちも横耳で聞こえていた程度ですから、それ以上のことはよく分かりませんし、他人の会話にどうこう言う立場でもありません。
ところが……その2人組のお客さんと談笑するバーテンダーの口から、信じられない言葉が飛び出します。
「そうですよね、経営者ばかりずるいと思います」。
我々の対応をしてくれていたマスターは大慌てです。我々に深々とわびた後、そのスタッフを連れて奥へといきましたが。
マスターからしたら笑うに笑えない状況だったでしょう。お客様の立場であれば「スタッフ教育がなっていない」と憤るかもしれませんし、「もう二度と来ない」と思う方もいるかもしれません。
しかし、転じて「ビジネス」という観点から見てみると、我々もカタチが違うだけで実は似たような罠に陥っていないか?を考えてみる必要があります。
バーも数ある商売の一つです。ウリモノは「心地よさの提供」です。その心地よさのためにお客さんはお金を支払います。ウリモノを構成する要素は飲み物であり、ツマミであり、雰囲気であり、接客です。
では提供する心地よさとは、誰のどんな心地よさなのか?隣に座っていた方々の心地よさ?我々の心地よさ?
そういった「定義」がなされていないとき、二律背反が引き起こされます。片方を満たそうとすると片方が満たされなくなる。
隣のバーテンダーの問題や、マスターの教育の問題?そうではありません。
最大の問題は、誰に何をどんな独自性で提供していくか、という事業の核を定義していないことにあります。
隣の方々を満足させるのか?我々を満足させるのか?絞れていないのです。もし隣の方々を満足させたいなら、彼らが入りたくなるお店 にするとともに、我々に選ばれないお店にしなければならないのです。
それが決まっているからこそ、接客や会話の方向性が定まり、一点集中で価値ある心地よさの提供になります。顧客は強い満足を感じ、高いお金を払ってでも、何度でも来たくなります。
会員制にして顧客を絞ったり、テーマを音楽やスポーツに絞ったり……そうした事業のテーマ設定によって、そのテーマで盛り上がる場を設計します。
顧客やテーマが絞られるからこそ、関係ないテーマが出てくることも対応することもありません。限られたテーマに全てを集中させることができます。
様々な欲求を持つ顧客を全て相手にし、望むものすべてを提供するということは、現実的ではないのです。
その場にどんな立場の人たちがいるかが分からない中で、目の前のお客さんを満足させながら、しかも周りのお客さんにも配慮した接客をするなど、並大抵の技術ではできないはずです。
それは自ら店を始めるだけの力があるマスターだからできるのであって、マスターほどの経験もコミュニケーション力もない人がそうそうできることではありません。
私たちの事業も同じなのです。全てを満たそうとすれば、技術やサービスの臨機応変度は途方もなく広がり、その技術は他人に説明不可能なブラックボックスになります。
品揃えは膨大し、生産の手間とコストは膨れ上がります。誰かを満足させることで誰かの不満を買い、ウリモノの魅力は中和され、売ろうとすればするほど粗利は低下していく・・・
それでは事業は厚利安定化しません。「提供すること」と「顧客」がバラついているから、接客品質もサービス品質もバラつくのです。
顧客を絞らなければなりません。顧客を絞るとは、顧客を減らせということではありません。自社の独自性を必要とする顧客を集め、育て、創っていくということです。
その起点は自社の独自性であり、経営者の強力な思い入れと拘りです。
沢山の人にサービスを提供したいという気持ちは否定しません。しかしその「沢山」が「誰にでも」では、結局は薄まったハイボールのような薄利多忙に甘んじるしかなくなります。
それでは結局誰かを強く幸せにすることもなければ、自社が強く報われることもありません。
貴社の価値は、本来もっと大きく、もっと誰かに必要とされ、もっと豊かで安定する事業になっていくポテンシャルを持っているのです。
事業価値を定義し、価値を価格に反映し、「誰にでも提供」から「望む顧客を創造していく」という勇気を持てれば、状況は好転します。
いまがその一歩を踏み出す時です。
著:白井康嗣
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