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情報開示のその先へ──AIと人間の関係を問い直す

SPECIAL

循環経済ビジネスコンサルタント

合同会社オフィス西田

チーフコンサルタント 

循環経済ビジネスコンサルタント。カーボンニュートラル、SDGs、サステナビリティ、サーキュラーエコノミー、社会的インパクト評価などへの対応を通じた現状打破と成長のための対案の構築と実践(オルタナティブ経営)を指導する。主な実績は、増客、技術開発、人財獲得、海外展開に関する戦略の構築と実現など。

「西田さん、情報開示の重要性は増すことはあっても減ることは決してないのですよ。」

 ある研究会でご一緒した大先生がそう語られたとき、私はまさにその通り!と感じたのでした。気候変動や循環経済、健康経営といった社会的な課題に企業がどう取り組んでいるか、今やその姿勢と実践状況の可視化は、説明責任を果たしさえすればよいという段階を超え、中身の質が厳しく問われる必須要件となってきています。

 企業の活動を正しく評価するには、いつ・どのように・どの程度変化があったのかを多角的に捉える必要があります。たとえば、CO₂排出量の推移、水使用量や廃棄物のリサイクル率、従業員の健康診断結果の推移など、多様な観察変数が存在します。これらの数値が、ある時点で急激に改善したのか、あるいは長期的に右肩上がりなのか──その変化の「質」と「量」を読み解くには、情報開示の方法そのものにしっかりした工夫が求められるのです。

 そうした複雑な情報をわかりやすく、かつ継続的に発信していくためのツールとして注目されているのが「ダッシュボード」と呼ばれる仕組みです。企業のウェブサイトなどで目にすることも増えてきましたが、要点をグラフィカルに表示してくれるこのダッシュボードなるツールは、見る者にとって非常に便利な存在です。まさに情報開示の「見える化」を支える要なのです。

 ところがこのダッシュボードを使った情報分析の現場で、今まさに大きな変化が起きつつあります。同じ研究会で直接耳にしたところによると、ダッシュボードに蓄積される膨大なデータの中から注目すべき変化を見つけ出し、それをレポートとしてまとめる仕事は、すでにAIエージェントに委ねられつつあるとのことでした。

 たとえば、大手メーカーの担当者の話では、これまでは人間が複数のグラフをにらみながら「これは重要な変化だ」と判断していたところを、いまではAIが24時間体制でモニタリングし、異変を検知すると自動で報告書を作成してくれるというのです。そして人間の仕事は、その報告書を読むところから始まるのだと。

 効率性が高まり、人的ミスも減るという点では歓迎すべき進展だと思いますが、一方で私はある懸念も抱きました。それは、AIが「良い話」ばかりを拾ってきてしまうのではないか、という点です。誰もが見たいのはポジティブな情報であり、ネガティブな情報は敬遠されがちです。そうなると、情報開示そのものが偏ってしまう恐れがあるのではないでしょうか。

 たとえばハイブリッド車がCO₂の排出量を大幅に削減したことは、社会的にも高く評価されるべき成果です。しかし、それでもなおCO₂は排出されているのです。私たちは「もうこんなに減った」と評価すべきか、「まだこれだけ出ている」と捉えるべきか。そこのあたりは、AIエージェントの設計思想や学習データに依存する部分も大きく、人間がそのアルゴリズムをあたりは、AIエージェントの設計思想や学習データに依存する部分も大きく、人間がそのアルゴリズムをば、「見る側の覚悟」が問われる時代が来ているということです。

 最近、若い世代の間では、スマートフォンで縦型スクリーンに流れる「1分間のショートドラマ」が流行しているそうです。短い時間で感動を伝える仕立てになっているとのことで、情報の即時性と簡潔さを重視する風潮の表れとも言えるでしょう。

 そう考えると、AIエージェントが生成してくる報告書もまた、同じように簡潔で、訴求力のあるものになっていくのだろうと思います。ただ、内容は感動的なドラマではなく、難解な気候変動の数値や、ESG投資におけるリスク分析だったりするわけで、朝いちばんに読みたくなる話かと言われると、多少以上に気が重い内容なのかもしれません。

 だからと言って私たちは、その報告書を無視するわけにはいきません。なぜなら、そこには企業が社会に対して何を実現してきたのか、どこまで挑戦しているのか、あるいはどこでつまずいているのかが、克明に記されているからです。

 そして重要なことは、その先をどうするかを決めるのはあくまで人間の役割だということです。かなりのところまで話を詰めてもらえるようになったとしても、AIに最終的な判断を委ねるという選択肢は今のところ非現実的なものだと言えます。情報開示の精度と深度が増すこの時代にこそ、人間としての覚悟そして感性や倫理観がより一層重要になってくるのではないでしょうか。

 「情報開示の重要性は増すことはあっても減ることはない」──あのとき大先生が語られたこの言葉を、私はこれからの時代を見通すひとつの羅針盤として、大切にしてゆきたいと感じています。情報を通じて、企業と社会とがより良い関係を築くことができるように。私たち自身もまた、問い続け、考え続ける存在でありたいと思うのです。

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