第66号:標準化の目的ー現場の生産性を上げることではなく、上位者の手を空けるため
「シライ先生、あれから弊社では管理職の間にもゆとりが生まれてきています」慌しい状況の中で始まったコンサルティングも終盤に差し掛かったころ、A社長から出たご発言です。
順調に事業を拡大し、従業員数はパート社員含めて100名弱、売上高も7億円にせまる規模に発展してきたA社。社長を支える4人の腹心の管理職が、日々の運営をこなしています。
コンサルティングが始まった当初、A社に起きていたこと、それは大きくなる組織によって、社長や管理職群が本来の役割を果たせなくなる機能不全でした。受注活動、サービス提供、報告や書類作成・・・現場からの様々な業務に関する「問い合わせ、相談」が、幹部層に流れ込んできます。
コンサルティング中も、社長や管理職のスマホには、現場からの問い合わせが入ってきます。その数は1日に50は下らない量だと言います。そしてそのほとんどが、上位層にとっては「既に教えていること、いつも言っていること」であり、その再確認です。
一日の終わりに提出すべき書類も、提出率は悪くマチマチです。システム化を進めていることで効率は上がっているものの、それによって対面機会が減ったことで提出を怠る者も出ています。それをまた管理職層がチェックする、指示を出す、遅延した書類を処理することが常態化しています。
1人粗利には大きな問題が出ています。社員数が増えるたびに1人粗利が低下しているのです。売上は伸びても1人粗利が減っていれば、給与や営業利益の源泉は減っていることを意味します。
A社長の課題感は、社員1人1人の生産性です。その改善に向けてこれまでも教育や研修の場を設けてきました。しかし残念ながら、教育したことはすぐに忘れられる、研修の場を準備しても参加率は10%程度で、何をどうしたら低下し続ける生産性に歯止めを掛けられるのか分からない状態でした。
私はA社長はじめ管理職の皆さんに、「組織作りと人作りの違い」を説明します。
A社に足りていないこと、それは「組織作り」です。組織作りとは、「人々が協業するための土台=仕組みづくり」を意味します。1人1人の教育に手を付ける前に、「集団を1つの目標に向けて動かす力学」をつくり、その仕組みの中で人を動かせるようにしていく必要があるのです。
その具体的手段の1つが「標準化(プログラム化)」です。社内にある多くの業務/報連相に対し、1人粗利が自然と増加していくような「型」を設計し、その中で人々が力を発揮できる環境をつくるのです。
A社には「業務の型」がないわけではありません。業務の良し悪しを判定する基準もあるし、手順もあります。しかし残念ながら「標準化」されていないのです。言い方を変えると、「可視化」されていないのです。
では可視化をするとはどういうことか?それは文書をはじめとした記録物として業務の「手順・成果・方針・目的」を記すということです。
このような標準化を進めていく際に、よくある疑問が「型を決めたら頭を使わない社員が生まれるのでは?」。標準化された業務をこなす=マニュアル人間を生むのでは?という疑問です。
たしかに、間違った標準化の進め方をするとマニュアル人間を生み出す原因になります。しかし私は多少、標準化の内容に難があったとしても、標準化を進め、標準業務を推進することが重要だと考えています。
理由は明快です。標準化しないことの最大の弊害は、「現場対応に追われることで、社長や幹部層が頭を使う時間を奪われるから」です。これは、現場社員が頭を使わないこと以上に深刻な問題です。
もし社長や幹部層が、会社の発展に向けた難しい意思決定に関する知的生産に取り組む時間が無くなれば、早晩に会社の業績が踊り場を迎えるのは火を見るより明らかです。
社長や幹部層が日ごろ頭を使っている対象が、現場業務の問題解決ばかりであれば、今日の粗利は作れても、明日の粗利を作れる保証はありません。社員が頭を使わなくなるリスクよりも、社長や幹部が未来の意思決定のための仕事に取り組む時間が無くなるリスクの方が、会社にとって何倍も大きなリスクです。
標準化には2つの側面があります。
1つは、現場業務を1人粗利の最大化を目標として、そのやり方・成果・方針・目的を可視化し、誰もが一定レベルでこなせるよう整えることで、今の現場の1人粗利を引き上げていくことです。
そしてもう1つは、社長や幹部を現場業務から手と頭を解放し、本来すべき未来に対する知的生産に取り組む余裕を作ることです。
実現したい数字構造の設計、粗利を引き上げるウリモノの独自価値化、常識に捕らわれない新しい売り方、そして組織行動の標準化です。これらは今の業績に対して行われる仕事ではありません。未来の大きな成果を生み出すために今意思決定し、仕込まなければならない知的生産です。
それは、既存のやり方や考え方の延長にはありません。ただ単に今の業務量や仕事量を増やし、今のやり方を拡大していっても、売上は増えれども1人粗利は上がりません。1+1=2の経営では、売上が2になれば社員数も2に増えます。これは肥大です。
1人粗利を上げるには、1人粗利が上がるように売上を作り、1人粗利が上がるように組織を作らなければなりません。それは売上以上に粗利が増え、粗利の増加に反比例するかのように社員数が増えない組織、つまり1人の生産性が大きく上がる組織です。
どうしたらそのような筋肉質で質実剛健な強い会社を作れるか?それを考えることができるのは、社長しかいません。社長の代わりに考えてくれる人もいなければ、社長以上に会社を理解している人も社内にはいないのです。
社内で最も高い1人粗利を生み出すのは社長です。もし、社長が現場業務に手と頭を使う時間を多く振り向けていれば、現場社員分の1人粗利しか出せません。それでは組織の1人粗利は上がらないのです。
あなたは、標準化がもたらす恩恵が、外ならぬ社長自身の力を解放することにあることを理解していますか?
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