第101号:拡大すれども安定は得られず。成長企業が「業務の設計」を飛ばしたときに起きること
「シライ先生、我が社も急に拡大したものですから、色々なことがあります。未だに出張チケットの手配や、税理士へ渡す書類の準備を、私がやっていたりしますよ」
こう仰るのは、企画業を営むW社長です。
事業は順調そのものです。ここ5年で売上は倍に伸び、社員数は30名を超えました。「さすがにチケット手配はまずいですね」と、W社長は笑顔でお話しになります。
創業当初のW社では、何もかもを社長と幹部がやらなければ会社が回りませんでした。それから事業は拡大し、対応エリアが広がり、現場の数が増え、それに従って業務も増えました。人を採用し、資金も手当てしてきました。
「人」と「資金」という資源は、成長に合わせて確実に増やしてきたのです。
ところが、その資源を投下する先――「業務」の側が、創業期のまま手つかずで残っています。
誰が何を担うのか。どの仕事に、どれだけの時間を投下するのか。その配置が、社員数名だった頃の形のまま動いていないのです。
売上や人が増えれば、規模の経済が働いて儲けは大きくなる。多くの経営者が、無意識にしろそう考えています。
しかし規模の経済には条件があります。リソースを価値へ集中させる、という条件です。設備産業であれば、導入した設備を24時間働かせ、金に代わる仕事だけをさせ続ける。だから規模が利益に変わるのです。
リソースが設備ではなく「人」であっても、本来はまったく同じはずです。ところが人の稼働は、席に座っている限り働いているように見えるため、恐ろしくその実態が見えにくくなります。
もっとも、ここで申し上げたいのは、業務効率の話ではありません。
業務を設計していないということは、実働に先立って仕事を設計する習慣が、組織に無いということです。弊社ではこれを「計画経営による先回りサイクル」と呼んでいます。
そしてこれが無いということは、目の前の業務が無計画だという話では終わりません。「拡大すれども安定は得られず」という状態です。
売上は伸びる。人も増える。それなのに、将来のお金と組織がどうなるのかは、いつまで経っても読めないままなのです。
そして、ここからが本当に怖いところです。
薄利多忙に入ると、視野が近くなります。目の前の受注を捌く、足りないから人を採る、不足しそうだから借りる――。判断がすべて短期になり、その短期の判断がさらに業務を増やし、また視野を狭くしていきます。
拡大しながら、抜け出せない循環に入っていくのです。
W社長が弊社にお越しになったのは、まさにこの予感があったからです。数字は伸びている。しかし手応えとしての安定がない。ゆとりのある厚利安定した事業にしたい――それがW社長のご要望でした。
そして実は、W社長は業務の棚卸しや付け替えが必要なことを、ご自身で分かっておられました。
分かっていて、動けなかったのです。
理由は意志の弱さではありません。棚卸しをして、その次に何をして、最終的にどうすれば人・業務・お金の面で安定が手に入るのか――その道筋が見えていなかったからです。
ここに、成長企業が必ず突き当たる本質があります。
拡大と安定とでは、手に入れるためのステップが違う、ということです。
拡大には拡大のノウハウがあります。売り先を増やし、人を採り、設備を入れ、量を捌いていく。W社長はこれが得意でした。だからこそ5年で売上を倍にできたのです。
しかしゆとりと安定を手に入れるには、それ専用のノウハウが要ります。そして厄介なことに、それは拡大の延長線上にはありません。
拡大が得意な会社ほど、その得意技をもう一段強くすれば安定にもたどり着けると考えます。残念ながら、そうはならないのです。
では、W社は何から始めるのか。
取り組むべきは、もちろん業務の棚卸しです。しかし、それ以上に重要なことがあります。「それを誰がやるのか?」ということです。
社長自身の仕事であれば、社長が棚卸しをすればよいでしょう。
しかし、社長がこの状態だということは、組織の側にはもっと多くの非効果が眠っているということです。誰も手を付けていない重複、誰も止めていない習慣、誰も測っていない時間――それらは社長の席からは見えません。
ですから、社員を巻き込まなければなりません。巻き込まなければ、組織は厚利安定化しないのです。
ところが、ここに壁があります。
これまで「今日、現場にある業務」を捌くことに集中してきた社員もまた、目先の仕事志向になっているということです。社長が短期の判断に追われていた間、社員も同じ時間軸で走ってきたのですから、当然といえば当然です。
その彼らを、未来のために業務を計画的に仕組み化していく、という方向へ向けさせなければなりません。
つまり、業務を変える前に、組織の思考の時間軸を変える必要があるということです。今日を捌く思考から、未来を設計する思考へ。
そうしてはじめて、業務の効率化や仕組み化は進んでいきます。
そして、そうなればこそ、人・モノ・カネを安定的に調達し確保していくための「耐性」が、事業に生まれるのです。
貴社は、拡大のノウハウと、安定のノウハウを、別のものとして持っていますか。
著:白井 康嗣
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