職場に居場所がある大切さ――ビロンギングが生まれる瞬間
知り合いが突然「ビロンギングっていう言葉、知っている?」と問いかけてきました。なんでも人材分野で広まりつつある言葉であるらしく、知っていないとまずいという勢いです。
ITの世界と同様に人材や組織の分野にも流行り言葉があります。少し前には「One on One」や「DEI」が流行りましたが、最近よく目にするようになった言葉が「ビロンギング」。ビロングは所属するという意味ですから、「所属感」とでも訳すのでしょうか。この組織に自分が所属しているという実感が感じられるかどうかという点が大切になっています。
確かに新入社員が早期に退職してしまう理由の1つに「ここには居場所がなかった」というものがあります。入社したばかりで知っている人もいない。仕事もよくわからず、なんとなく自分は役立たずだと思ってしまう。これがビロンギングを損なう要因なのでしょう。
では、この「ビロンギング」という言葉が注目される背景には、どんな変化があるのでしょうか。
かつての職場には「みんな一緒」「一丸となって」という言葉が似合いました。会社に入ったら定年まで働くのが普通で、仕事仲間は“家族のような存在”と表現されていました。けれど、いまやその前提は完全に崩れました。働き方は多様化し、キャリアの選択肢も広がり、会社との関係は「所属」よりも「選択」に近い。だからこそ、人は自分がその組織に“居たいと思える理由”を求めるようになったのです。
つまり、「なぜそこにいたいか」が問われる時代になったということです。
ビロンギングの重要性は、若手社員だけの話ではありません。たとえば、長年勤めてきたベテラン社員でも、方針転換や世代交代で疎外感を覚えることがあります。「昔は頼りにされたのに、今は意見を求められなくなった」「新しい取り組みにはついていけない」――。この瞬間にも、ビロンギングは失われていきます。
人が力を発揮できるかどうかは、能力よりも心理的な要素に左右されます。「ここにいていい」「自分の役割がある」と思えること。この感覚がある人は失敗を恐れず行動できますし、仲間の成功を心から喜ぶことができます。逆に、居場所を感じられない人は、自分を守ることにエネルギーを使い、他人に関心を向ける余裕がなくなります。
組織の活力を決めるのは、実はこの“心の居場所”の有無だともいえます。
では、どうすればビロンギングを育てることができるのでしょうか。
第一に、「自分が貢献できている」と感じさせること。
人は、誰かの役に立っていると感じたときに初めて自分の存在価値を実感します。上司や仲間が「助かった」「ありがとう」と声をかけること。それが小さな仕事でも構いません。その一言が「自分の居場所はここにある」という確信につながります。
第二に、“人”を通じて組織に繋げること。
「会社」という抽象的な存在よりも、「あの先輩」「あの上司」との関係性を通して人は組織を感じます。入社初期の人が離職しやすいのは、仕事よりも「人のつながり」が薄いから。人の温度を感じられる関係が一つでもあれば、居場所は生まれます。
第三に、会社の理念や価値観を“日常の言葉”に落とし込むこと。
「お客様に喜ばれる会社を目指します」と掲げても、社員がそれを自分の仕事と結びつけられなければ意味がありません。理念が“現場の判断基準”として息づいている組織は、自然とビロンギングが高まります。理念とは、社員一人ひとりの“自分らしさ”を肯定するための土台なのです。
といっても、「では、これからうちの会社にビロンギングを導入しよう」と社長が掛け声をあげても、導入できるものではないでしょう。
ビロンギングは「与える」ものではなく、「感じてもらう」ものです。経営者が「居場所をつくってあげよう」と考えるより、社員同士の関係性の中に、自然と他の人を生かす意識が根付いている必要があります。それは例えば、先入観なく相手の意見を聞くとか、異なる意見でも一旦は受け入れて肯定するとかいった、コミュニケーションの前提となる構えの整え方にかかっています。
そしてその「整い」の先導役として最も適しているのが、影響力のあるリーダーや経営者ということになります。
「会社に行くのが少し楽しみになる」
「自分の意見を聞いてもらえる気がする」
「ここで働くことを、誰かに自慢したくなる」
そんな小さな感情の積み重ねが、組織を強くします。制度でもマニュアルでもなく、人と人の間にある“あたたかい手触り”が、ビロンギングの正体です。
社員が「ここにいていい」と思える会社は、必ず顧客からも「この会社がいい」と言われるようになります。ビロンギングは、人と組織をつなぐ見えない糸だともいえます。
さて、あなたの会社では、その糸はしっかり結ばれていますか。
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