会社のビジョンが社員の心に届くための条件
「今度の選挙はビジョンを強く訴えたところが勝ちましたよね」ーー選挙速報を横目で見ながら親しい友人が言いました。確かにテレビから伝わってくるメッセージは、大きく2分されていました。片方は理想の未来を描くこと、もう1つは現状課題に対する対策を打ち出すこと。そして、やっぱり魅力を感じたのは、理想の未来を、それも共感できる理想の未来を描いた方だったと思います。
この構図は、企業の中で語られる「会社のビジョン」にも、そのまま当てはまるように感じました。会社でも「何が問題か」「どう対処するか」を語る場面は数多くあります。一方で、「この先、どこへ向かうのか」「どんな未来をつくりたいのか」を語る機会は、意外と少ない。あるいは語っていたとしても、どこか他人事のように受け止められているケースも多いように思います。
それでも、ビジョンが社員の心に届いている会社は確かに存在します。言葉としては派手ではないのに、「この会社で働き続けたい」「この方向なら頑張れそうだ」と思わせる力がある。では、その違いはどこから生まれるのでしょうか。
多くの経営者は、会社のビジョンを「正しい未来」として示そうとします。業界の動向を踏まえ、課題を整理し、論理的に組み立てた将来像。その完成度は高く、内容も間違っていない。にもかかわらず、社員の反応は鈍い。理由はシンプルで、人は「正しさ」だけでは動かないからです。
社員が無意識に感じ取っているのは、「この未来に自分は居られそうか」という感覚です。そこに自分の役割や関わり方が想像できるかどうか。ビジョンが立派であればあるほど、社員が感じるのは期待よりも距離感だったりします。遠くから眺める理想には拍手は送れても、そこへ向かって歩く気にはなりにくいのです。
ビジョンが社員の心に届いている会社には、ある共通点があります。それは、未来が「完成形」として提示されていないことです。まだ迷っている部分があり、試行錯誤の途中であることを、会社として隠さない。「正解はまだわからないが、こうありたいと思っている」。その姿勢が、社員を観客ではなく参加者に変えていきます。
完璧なビジョンは安心感を与えるかもしれませんが、主体性は生みません。むしろ未完成なビジョンのほうが、「自分も考えていい」「関わっていい」という余地を残します。人は、与えられた完成図よりも、共につくるプロセスに心を動かされるものです。
もう一つ大きな違いがあります。それは、ビジョンが「掛け声」で終わっているか、「判断基準」として使われているかです。社員の心に届いているビジョンは、日常の意思決定に組み込まれています。何かを決めるとき、「それはうちの会社の目指す姿に合っているか」と問い直す。その積み重ねが、ビジョンを生きたものにします。
逆に、ビジョンが掲げられていても、現場の判断と結びついていなければ、次第に形骸化していきます。社員は敏感です。言葉と行動のズレを、すぐに感じ取ります。だからこそ、語る回数よりも、使われ方が問われるのです。
実は、ビジョンを頻繁に言葉にしなくても、社員の心をつかんでいる会社もあります。日々の選択や優先順位、人への向き合い方に一貫性がある。何を大事にし、何を切り捨てるのか。その判断の積み重ねが、結果として会社のビジョンを雄弁に物語ります。
会社のビジョンは、言葉で伝えるものでもあり、態度で示すものでもあります。どちらか一方では足りません。語っている未来と、今ここで行われている判断が地続きであること。その実感があるとき、ビジョンは社員の心の中に落とし込まれていきます。
さて、あなたの会社のビジョンは、社員にとってどんな未来に映っているでしょうか。誰かが考えた遠くから眺める理想でしょうか。それとも、自分も参加できる未来でしょうか。
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