その違和感には理由(わけ)がある
プロジェクトに限らず定常的な業務を進めている過程において、何となく”違和感”を感じてしまうことがないでしょうか。なぜかはわからないが、何かがいつもと違っている気がする、あるいは想定と異なっているということを感じるのです。その場では単に気のせいかと思ってやり過ごしてしまったところ、実は大切な点を見逃していたということに後から気がつく。気づいた時には手遅れとまではいかなくとも、違和感を持った時点でその原因を突き止めていれば、問題が大きくなる前に対処できた、炎が上がる前の火種の段階で消化できた、ということがあります。
ある顧客向けの報告書をチェックしていたときのことです。注意を向けるところは、どうしても報告の内容が妥当で顧客に納得いただけるものであるか、そして顧客に誤解を招くようなあるいは失礼な言い回しになっていないか、という本文の部分です。
そうして一部手直ししたうえで、全体を眺めてなぜかいつもと違うところがある感覚を持ったものの、営業担当経由で顧客に提出してもらう運びとしました。すると、営業担当から顧客名が間違っているとの指摘を受けてしまったのです。詳しくは申し上げられませんが、読み方が同じでも一文字が社名に使用されているものと異なってしまっていたのです。
言い訳になってしまいますが、報告書本文に気を取られる余り、周辺部分への注意が疎かになっていました。一方、営業担当の立場からは、報告書の内容について技術的なところはよくわからなくとも、体裁には注意を払います。そのお陰で顧客提出前にチェックに引っ掛かり、恥ずかしい思いをせずに済んだわけです。
この時、チェックの過程で何らかの違和感を持ったのは事実です。その違和感は何なのか、原因を突き止めるまで時間を掛け、体裁まで丁寧に確認していれば気が付くことができた可能性が高かったと思います。
ここでの”違和感”とは、第六感や説明のつかない直感の様なものによるものではありません。その場で立ち止まり、注意深く考えればその原因に気が付くというようなものです。ところが、業務に追われ余裕が無くなっている、そこは自分の担当範囲ではないと考える等々、その違和感を見過ごしてしまうことがあります。
しかし、その違和感を覚えるに至った何らかの原因がそこにはあるのです。もしかしたら無視して良い程度のことかも知れません。例えば喉に違和感を感じた時に、ウイルスに感染したかと過度に心配するより、他のことに集中しているうちにいつの間にか違和感が無くなったということを、私自身何度も経験しています。
それでも違和感を持った時には何かがあると考え、一度その原因に思いを巡らすことの重要性は訴えておきたいと思います。朝、いつもとは違った元気のない挨拶をした部下がいる、PCの反応がいつもより悪くなった(ウイルスに感染してしまっているのかも)。違和感を覚える局面は様々です。もしかしたら重大な問題が隠れており、その氷山の一角が顔を出したかも知れないという意識を持つことは大事だと思うのです。如何でしょうか。
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