感情が心を乱す

今日は私の子どもたちに人間関係の機微を話しておこう。
第3話
【感情が心を乱す】
「人間関係が……。」と嘆く前に、自分の心、感情を整えよう。
人にはいろんな感情がある。
まずは、怒り。
どうしようもなく身もだえするほどの怒りがある。
次に、恐れ慄き。
人から自分ではどうしようもないことで理不尽な扱いや処分をされたりすることがある。
このようなときに人は恐れ慄くことになる。
そして、好意、楽しみ。
どうしようもなく好きで好きでたまらない。
また、楽しくて楽しくてたまらない。
居ても立ってもいられない。
最後に、思い煩う。
人は心配事や悩み事があると、ふとした瞬間についつい思い出し、憂鬱になったり塞いでしまう。
人なら誰しもこのような感情に捉われてしまうだろう。人間関係が上手くいかないと嘆く人は概ねこのような感情に振り回されている。
自分のこのような感情をコントロールできないと、冷静な思慮が出来ず、判断を過ち、間違った決断をしてしまう。自分の感情を整えることを意識して欲しい。
私も若い頃は、感情のままに判断して失敗したことが何度もあった。腹が立てば、その勢いで言葉を発してしまう。
不安になれば、必要以上に慎重になり、決断を先送りしてしまう。嬉しいことがあれば、有頂天になって周りが見えなくなる。心配事があれば、そのことばかり考えて目の前の仕事に集中できなくなる。
今思えば、私の失敗の多くは能力不足ではなかった。感情に支配されていたことが原因だったように思う。
中国古典の『大学』には、「心ここに在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえどもその味を知らず」という有名な一節がある。
心が乱れていれば、目で見ても本質は見えない。耳で聞いても本当の意味は聞こえない。食事をしても味すら分からない。それほど人の心は、感情に左右されるものなのだ。
経営者になってから、この言葉の重みを何度も思い知らされた。社員のちょっとした一言に腹を立てる。取引先の態度に感情的になる。
業績が悪くなると、不安ばかりが先に立つ。そんな状態で良い判断などできるはずがない。
重大な決断ほど感情が静まるのを待つように心掛けたいものだ。
怒っている時は決めない。
落ち込んでいる時も決めない。
舞い上がっている時も決めない。
一晩寝かせる。
一日置いて考える。
そうすると、不思議なほど見える景色が変わることがある。昨日は許せないと思っていたことが、「たいしたことではなかったな」と思えることも少なくない。
反対に、嬉しさのあまり飛びつこうとしていた話も、「もう少し慎重に考えよう」と冷静になれる。
感情とは波のようなものだ。高くなった波は、やがて必ず静まる。その波の頂点で人生を決めてはいけない。人間関係も同じである。
怒りに任せて相手を責めれば、取り返しのつかない言葉を口にしてしまう。恐れから人を疑えば、本当は信じるべき人まで失ってしまう。
好意に流されれば、相手を正しく見ることができなくなる。思い煩いが強くなれば、自分で自分を追い詰めてしまう。
だから大切なのは、感情をなくすことではない。感情に支配されないことだ。
怒ることが悪いのではない。悲しむことが悪いのでもない。喜ぶことも、人を好きになることも、人として自然なことである。だが、その感情の手綱を自分で握っていなければならない。
馬に乗る者が手綱を放せば、馬は思うままに走り出す。感情も同じだ。放っておけば、心は感情の赴くままに走り続ける。
人間関係が上手な人は、決して感情がない人ではない。むしろ感情は豊かだ。 ただ、その感情との付き合い方を知っている。
怒っても一呼吸置く。
悲しくても相手を責めない。
嬉しくても浮かれ過ぎない。
不安でも慌てない。
それができる人は、人から信頼される。
私は七十年生きてきて思う。人生で本当に勝たねばならない相手は、他人ではなく自分自身の心だ。
感情を整えることができる者は、人間関係をも整えることができる。
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