第65号:価格転嫁という他責思考をやめよ
「シライ先生、価格設定のことで、ちょっと分からなくて……」サービス業を営むA社長からのご相談です。
ドライバーの人件費、燃料費、材料費などが軒並み高騰し、現状の価格のままでは1人粗利を守れない。そこで、価格の付け替えを検討している、というお話です。
A社長が見せてくれたのは、「価格改定のお知らせ」という文書です。そこには、次のような趣旨の文章が書かれています。
”仕入価格、燃料費の高騰により、やむを得ず価格を変更することとなりました。今後もさらなる努力を続けてまいりますので、何卒ご理解ください”
よく見かける文章です。そして、多くの中小企業が、ほぼ同じ構造の文章を書いています。
まず最初に、はっきり言っておきます。”原価側が高騰しているから、その分を売価に上乗せする”-これ自体は正しい経営判断です。
1人粗利を上げていくための第一条件は、「利幅を上げられる事業をつくること」です。そして、そのための具体的方針は、「価格勝負ではなく、価値勝負で選ばれる」という一点に集約されます。その意味で、価格を上げるという判断自体は、決して間違っていません。
そもそも、原価が上がっているにも関わらず、「怖くて価格を上げられない」「お客さんに何を言われるか分からない」と、何もせずに耐え続けている会社も一定数存在します。もはやそれは、経営をしているというより、ただ「生かされているだけ」の状態です。
A社のように勇気を持って売価に原価高騰分を上乗せし、請求する。それ自体は評価されるべき心がけです。そしてこの行為を、一般的には「価格転嫁」と呼びます。
しかし、より豊かに1人粗利を1,500万円、2,000万円、3,000万円と引き上げていくなら、もう一歩、踏み込んで考えてほしいのです。
「価格転嫁」という言葉は、世の中でごく普通に使われています。価格転嫁セミナー、価格転嫁の成功事例―ビジネス誌にも溢れています。しかし、この「転嫁」という言葉、本来はどういう意味でしょうか。
転嫁とは、責任を他人に押し付けるという意味で使われる言葉です。つまり、「価格転嫁」とは、「価格を上げるのは、我々の判断ではありません。世の中のせいなのです」と言っているのと同じ構造なのです。
冒頭の「価格改定のお知らせ」の文章も、まさにこの構造になっています。
たしかに、ビジネスは外部との関係の中で成り立つものです。原材料高騰、燃料費上昇、人件費増加――価格を「上げざるを得ない」局面は、確かに存在します。
しかし、価格に対する考え方が、常に外部環境に依存しているとしたら?それはつまり、事業の主導権を、半ば外部に預けている状態だということです。断言します。「外部のせいで価格を上げざるを得ない」という考え方の先に、1人粗利最大化ビジネスは存在しません。
理由は極めて明快です。粗利の大きさ、そして1人粗利の大きさは、会社内部の自助努力によって生み出された価値の大きさだからです。
仕入れが上がったから、その分を価格に上乗せする。それで戻るのは、元の粗利率です。会社が生み出した価値の大きさ自体は、何ひとつ変わっていません。だからこそ、問うべきはここです。
「自社独自の価値を、どう作り、どう高め、どう守り、どう伝えるのか?」
原価側がどうこうという視点ではなく、会社が生み出す単位当たりの価値そのものをいかに大きくしていくか?を考えるべきなのです。
価格を上げていくとき、顧客に伝えるべきなのは、「原価が上がったこと、世の中が厳しいこと」ではありません。そうではなく、
- 何が、これまでより凄くなるのか
- 何が、より洗練されるのか
- どんな新しい価値が付け加わるのか
です。そのために経営者が必死で考えるべきなのは、
- どんな機能を付加するのか
- どんな技術を磨くのか
- どんな思想・観念を込めるのか
- どんな情報を、どう伝えるのか
ということです。例えば――
- より顧客側が欲する性能が高まる工夫が施される
- より「痒いところに手が届く」きめ細やかなサービスが付与される
- 積み上げられた実績の輝きを増すような情報が、カタチとして付与される
- より「ウリモノの持つ思想、観念、歴史が大きな価値を持つように」日頃から啓蒙活動を続けている
こうした積み上げによって、提供する価値そのものを大きくする。そしてその価値に対して、適正な価格に付け替える。これが、本来あるべき価格改定です。
原価側が上がっていることは、価格改定のきっかけにはなり得ます。しかし、それを価格改定の理由にしてしまった瞬間、価格の主導権は、再び外部に引き渡されます。
あなたは、価格転嫁という他責思考でビジネスを続けますか。それとも、自らが価値を創造する主体として、価格を決めていきますか。
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