創業者の想いを使命とし、次世代に繋ぐ

拙著『親子経営の教科書』(マネジメント社)の出版の際、5社の親子経営企業で取材の機会を得ることができた。5社のケースから親子経営企業の経営エッセンスを読み解いた。今日はその第1話。
【創業の想いを使命とし、次世代に繋ぐ】
会社には創業者がいる。創業者にはそれぞれのいろんな創業ストーリーがある。後継者のなかには創業ストーリーを創業者から何度も聞かされた人もいることだろう。また、創業ストーリーなど聞かされたことが無く、特に関心がないという後継者もいるだろう。
しかしながら、創業者がなぜこの事業を始めようとしたのかを知ることは大事なことだと思う。事業の本来の目的を知り原点を見つけることに繋がることだから。そして自社がなんのためにあるのかを問うことになるからだ。
自社の目的を明確にすることは大事なことだ。特に後継者にとって継ぐことになる会社の目的を知ることは、経営者として迷うことなく確かな第一歩を踏み出せることになる。それは、後継者が自社の「使命」を意識し始めることにもなる。
自社の「使命」を明確に認識できている会社は強いものだ。何事があろうと迷うことなく進むことができるのだから。そういう意味で、後継者は是非一度、自社の創業ストーリーを紐解いてみて欲しい。
私の親父は淡路島で建設資材の販売会社を経営していた。私が幼い頃、自宅の一棟にセメント袋がたくさん積まれていた。セメントが積まれた上を登ったり、降りたりしながら遊んでいたのを覚えている。
私が大学を卒業し、親父が経営する会社に入った頃には、セメント以外に建設現場で使われる多くの建設資材を商品として扱っていた。建材会社というより、建設資材販売会社、いわゆる商社としてのイメージが強い会社になっていた。
私は入社後しばらくし、営業マンとして動き始めた。淡路島島内を経営地盤とし地割をして営業マンが担当地区を各自持っていた。私は当時、古くからの顧客が多いが、決まった担当者がついていない地区を担当させてもらうことにした。
その地区は土木会社が多くあり、親父自身が古くから直接取引をお願いし、取引が継続していた会社がたくさんあった。若い私が営業に行くと、年配の社長たちが、大石の息子が来たと言って喜んで迎えてくれていた。
その頃、取引先の社長たちからよく言われたのは、「お前の親父は商売人やからな」というものだ。彼らが言う「商売人」という言葉には良悪両面があったように思う。いい意味でいうなら、目先が利く、誰とでも話を合わせられる、腰が軽い、お金儲けが旨いなどだろうか。
悪く言うなら、計算高い、口が上手、心底は信用できない、口銭商売に対する揶揄、情などなく冷たいなどがある。どちらかと言えば、私の親父をあまり良くは思っていない社長たちが多かったように思う。
当時、私自身は、取引先社長が「お前の親父は商売人やからな」と言う言葉に苦笑いを返しながら、自分は跡継ぎだけれど親父とは違うのだと、一生懸命アピールをしようとしていたように思う。
その頃に親父に聞いたことがある。どのようにして今の商売を始めることになったのかと。戦後、妻の実家がある淡路島に来ることになり、紆余曲折を経て、セメントの販売を始めたことが今の会社の出発であったという。
実は、戦前に大阪で鉄筋の商売をしていたが、戦災ですべてを失くし淡路島にきたのだと初めて聞かされたのもその時だ。戦前なので親父が20才前後のことになる。私の親父は徳島県の山の中で9人の兄弟姉妹の3男として育ったようだ。
小学校を卒業した親父は長男が大阪で材木商を営んでいたので兄を頼り大阪に出たようだ。兄の手伝いをしながら、工務店周りをしていた親父は建築材料としての鉄筋に目を付けた。兄が材木なら自分は鉄筋を扱うことで商いにしようと考えた。
年が若くお金も無いのにどうして鉄筋の商売ができたのか聞いてみた。工務店や大工の親父から鉄筋の注文をもらい鉄筋を扱う問屋に話を持っていき、手数料として口銭を問屋からもらうことで商売を始めたらしい。
その時に親父が私にこう言った。「商売はな、お金が無くてもやろうと思えばできるんや」と。商品を必要としている人や会社に、商品を持ち、売り先を求めている人や会社を紹介し、繋ぐことで商売は成り立つ。
この話を親父から聞いたとき、私は親父を見直した思いであった。世間からは「商売人」と揶揄されている親父の原点を見た気がしたものだ。必要としている人に必要なものを届ける。ビジネスチャンスの原点がそこにあった。
そのときから、私は親父の会社、自社を建設資材販売商社だと意識し、位置づけるようになった。取引先である建設会社が必要とする物、サービスを提供する会社だと広く伝えることができるようになった。
私と私の親父の間にはいろいろと確執があった。好きとは言えないが嫌いではなかった。今にして思えば、親父はいい意味でも悪い意味でも「商売人」であった。さらに言えば、真の「商売人」だったと思う。
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