第79号:組織の私物化を許さぬ「設計図」の威力
「シライ先生、最近、自分の影響力が大きくなった感じがします」こうお話しされるのは飲食業を営むS社長です。
S社長は、特定の店舗とその店長との関係性を憂慮していました。社長の方針に反発し、指導を行っても瞬く間に自己流の非効率なやり方へと先祖返りする。
さらに厄介なことに、その店長は店舗のパートやアルバイトに対して社長の悪口を吹き込み、自らの陣営に引き込もうと画策します。
社長の胸中には「アルバイト全員が自分を敵視しているのではないか」という疑念が澱のように溜まります。言うべきことは毅然と伝えるS社長ですが、一向に改善されぬ現状と、目に見えない現場の空気感が、精神的な重荷となってのしかかります。
問題の本質は、単なる人間関係の不和ではありません。一つのブランドとして統一された店舗展開を目指しているにもかかわらず、店舗ごとに勝手な解釈が横行し、実損が生じている点にあります。
客単価重視の導線設計がなされた店舗で、現場が量販店のような場当たり的なオペレーションを強行すれば、ブランドイメージは失墜し、収益力は劇的に低下します。
戦略と実行が乖離し、現場の「自己流」が顧客満足を毀損している事態は、経営者として断じて見過ごせぬ事象です。
残念ながら、対人関係において、どれほど情熱を注いでも期待通りにはならない局面は確実に存在します。組織の規律にどうしても馴染めない者や、性格的な不一致は、精神論で解決できる範疇を超えています。
特に、前職での成功体験や、これまでの人生で固着した価値観は、一朝一夕に書き換えられるものではありません。変わらぬ相手を変えようと執着することは、経営者としての貴重なリソースを捨てるに等しい行為です。
相手の「性格」や「性質」に焦点を当て続ける限り、議論は平行線を辿り、社長自身が「人の感情」という制御不能な濁流に振り回される結果を招きます。
ここで重要なのは、人対人の感情論から脱却し、仕組み、判断基準、数字構造という「論理」に依拠することです。
社長の頭の中にある価値観は、それが言語化・設計化され、外部に提示されない限り、組織の共通言語にはなり得ません。単なる「社長のこだわり」という個人的な思いに留まると、現場はそれを無視し、自分たちの都合で解釈する余地が生まれるのです。
S社長は、自社がどのような価値を、いかなる業務設計で生み出し、どこで利益を創出するのかを、徹底的に言語化、標準化、数値化していきます。まず「ブランド定義」を明確にし、「客単価駆動の損益構造」と「現場業務の重要指標」を強固に連鎖連動させます。
現場がどのように動き、どの数値をどう動かせば、最終的な損益にどう響くのか?ブランドを体現できるのか?その因果関係を可視化するのです。この設計書をもとに、現場業務を「ブランドイメージ」と「利益」を死守できる形へと標準化します。
そして、S社長はこの設計書を「社長の命令」としてではなく、「会社の共通基盤」として運用を開始します。
最初に変化を見せたのは、意外にも店長ではなくアルバイトの面々です。彼らはそれまで、社長と店長という二つの異なる指示系統の間で、板挟みになり混乱していました。
しかし、論理とイメージが可視化された設計書が提示されたことで、何が正しい振る舞いであるかを、自らの意志で確信できるようになります。
不思議なことに、毎日顔を合わせる店長の言動よりも、紙に落とし込まれた判断基準の方が、アルバイトの行動に強い影響を与え始めます。基準が明確になれば、自らの仕事に対して主体的に考え、改善を試みる人間が自然発生的に生まれます。
すると、店長とアルバイトの関係性にも微妙な変化が生じます。表面的な衝突はなくとも、社長の悪口に同調しなくなったアルバイトの空気を、店長は敏感に察知します。
現場に蔓延していた「不平不満の連帯感」が瓦解し、店長の身勝手な振る舞いに、無言のブレーキがかかり始めます。
S社長は、このタイミングで店長との面談に臨みます。これまでは感情が昂り、意地の張り合いに終始していましたが、今回は違います。
論理的に確立された「設計書」という現物をテーブルに置き、対話を進めます。そこにあるのは個人対個人の対立ではなく、「会社の判断基準に対して、二人の人間がどう向き合うか」という、共通の目的に対する協調構造です。
社長の価値観を「イメージと論理を伴うカタチ」にすることで、属人的な支配を脱し、上位目的化された基準が組織を統治し始めます。
もちろん、店長が一朝一夕に変わるわけではありません。今も反発がないわけではありません。しかし、店長は「何に従うべきか」を理解したうえでの「素直な態度」を示す場面が少しずつ増えています。
社長の本領は、人と戦うことではなく、人が自ずと正しく動く構造を作ることにあります。人を変えることはできませんが、組織が統一された方向に向けて動けるようになる「状態」を作り上げることはできます。
誠実な仕組みは、必ず現場を救い、社長を孤独な闘いから解放します。未来を変えるのは、あなたの「怒り」ではなく、あなたの「イメージと論理を接続した設計図」です。一歩前へ、進んでいきましょう。
コラムの更新をお知らせします!
コラムはいかがでしたか? 下記よりメールアドレスをご登録いただくと、更新時にご案内をお届けします(解除は随時可能です)。ぜひ、ご登録ください。

