社員を変えるか、見守るか。そのどちらでもない経営者の立ち位置

先日、とある中小企業の社長と話をしていたときのこと。「どうも社員の気持ちがネガティブになりがちで困っている。考え方を説いてもあいまいな表情で、理解している気がしない」というボヤキが口から出てきました。
よくよく話を聞いてみると、待遇が極端に悪いわけでもない。人間関係がギスギスしているわけでもない。それでも、どこか会社の空気が重たい。新しい提案もあまり出てこないし、言われたことはやるけれど、自分から動く感じが薄い。だから社長としては、「もっと前向きにやってほしい」「主体的に考えてほしい」とつい言いたくなる。そんな感じでした。
この手のお話、実は本当によく聞きます。
前回のコラムでは、「人を変えようとする経営」がうまくいかない理由について書きました。人は他人から変えられそうになると、かなり高い確率で抵抗します。まして相手が会社の社長や上司ならなおさらです。表面上は「はい」と言っていても、心の中では別のことを考えている、ということは普通に起こります。
かといって、「まあ本人の問題だから」と放っておくと、今度は組織の空気がだんだん停滞していきます。新しいことを言う人がいなくなり、無難なことだけをやるようになる。何か大きな問題が起こるわけではないのですが、静かに元気がなくなっていく感じです。
経営者は、「変えようとする」か「見守る」かという二択に陥りやすいのです。
でも本当は、そのどちらでもない立ち位置があるのではないかと思っています。
私は最近、経営者の役割というのは、「人を育てる人」というより「場を耕す人」に近いのではないかと感じることがあります。
組織づくりは、少し畑仕事に似ています。植物を引っ張っても早く育つわけではありません。「もっと頑張れ」と言い続けても、急に芽が出るわけでもない。結局やることは、土を耕したり、水をやったり、日当たりを整えたりという地味な作業です。
会社も同じなのだと思います。
社員を直接変えようとするのではなく、その人の中にある前向きさややる気、「ちょっとやってみようかな」という気持ちが出てきやすい環境を整える。そのための空気や関係性をつくる。しかも大事なのは、その環境づくり自体に社員本人も巻き込むことです。
会社によっては、「主体性を持て」と言いながら、実際にはほとんど全部を上が決めています。会議では社長の顔色を見ながら発言し、失敗すると怒られる。これでは、自分で考えて動こうという気持ちはなかなか出てきません。
逆に、「自由にやっていい」とだけ言って放り出しても、たいていうまくいきません。自由というのは意外と難しいものです。安心感や人間関係、「ここで何を言っても大丈夫そうだ」という空気がないと、人は動けません。
人が前向きに動き始めるのは、「自分で決めている感じ」があるときだと思います。それに加えて、「自分にもできそうだ」という感覚や、「ここにいていい」と思える感覚があると、人は少しずつ変わっていきます。
難しい理論の話ではなく、誰でも経験があると思います。自分の意見をちゃんと聞いてもらえたり、多少失敗しても必要以上に責められなかったり、自分なりの工夫を試せる環境だと、人は自然に考え始めます。逆に、正解しか求められない場所では、言われたことしかしなくなります。
最近は「心理的安全性」という言葉もよく聞きます。ただ、これは別に「ぬるい職場」の話ではありません。異論を言えたり、「わかりません」と言えたり、失敗した話を隠さなくていい空気があるかどうか、という話です。
個人の性格の問題というより、場の問題なのです。
そして、この「場」は、社長一人で作るものでもありません。
会社をより良くしていこうと思ったときに本当に必要なのは、社員に正解を教えることではなく、「この会社をどうしていきたいか」を一緒に考える空気なのかもしれません。
立派な意見が出てこなくてもいい。すぐに成果につながらなくてもいい。ただ、自分もこの会社を形づくる側なのだという感覚が、少しずつ共有されていくことに意味があります。
人は急には変わりません。でも、人が置かれている空気や関係性は変わります。そこが変わると、人の見え方や動き方も少しずつ変わってきます。
中小企業の面白さは、こういう「場」を自分たちで作れるところにあると思います。大企業のように制度が細かく決まっているわけではない。社長の考え方ひとつで、組織の空気はかなり変わります。
だからこそ、経営者の役割は、「正しい方向に引っ張る人」というより、「人が育ちやすい土壌を整える人」に近づいていくのかもしれません。
もちろん現実はそんなにきれいではありません。雑草も生えるし、せっかく蒔いた種がなかなか芽を出さないこともある。それでも、ある日突然、今まで静かだった人が動き始めることがあります。
経営者に必要なのは、変革者のような派手さよりも、地味でも土を耕し続ける姿勢なのかもしれません。
さて、あなたの会社では、どんな空気が育っているでしょうか。
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