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驕る社長は久しからず

SPECIAL

親子経営コンサルタント

ビジネス・イノベーション・サービス株式会社

代表取締役 

オーナー社長と後継者のための、「親子経営」を指導するコンサルタント。みずから100億円企業を築くも、同族企業ならではの難しさや舵取りの大変さで苦しんだ実体験を指導。親から子へ失敗しない経営継承の極意として「親子経営」を伝授する。

驕る社長は久しからず

 

今日は親子経営企業の思わぬ「死角」について第5話。

【経営者自ら墓穴を掘る】

 経営者となり事業が順調に成長し、会社がその規模を大きくしていくと、経営者はいつのまにか気を緩めてしまう。私が知る経営者のなかには、そのような順風にあっても決して慢心することなく、言動は常に変わらず穏やかで堅実な方も幾人かおられる。

しかしながら、結構多くの経営者は、経営が上手く廻り出すと、その心がどうも緩んでしまうようだ。そんな経営者を待ち受ける罠がまた多くあるのだ。お酒の罠、お金の罠、異性の罠がいたるところに用意されている。

昭和の時代なら当たり前のように思われていたかもしれない。いわゆる、飲む、打つ、買う、という話。経営者がお金に余裕ができ、時間を持て余すと碌なことをしない、という話でもある。

 私は講演などで、経営者の思い上がり、傲慢、そして独善などといった話をするとき、畏れ多くも織田信長の次のような話をすることがある。それは織田信長の有名な「高ころび」についてである。

戦国時代、禅僧で後に大名にまで成り上がった安国寺恵瓊という人物がいた。毛利氏に仕える外交僧として活躍していた。織田方の情勢を毛利方に文書で報告されていた有名な書状が「吉川家文書」に遺されている。

「信長の代、五年三年は持たるべく候。明年あたりは公家などに成らるべく候かと身及び申し候。左候て後、高ころびにあおのけにころばれ候すると見え申し候。藤吉郎さりとてはの者にて候」

これは、織田信長が明智光秀に京都本能寺で斃される10年も前に毛利方に送った書状である。当時の織田信長は、40才前後であり、姉川の合戦で浅井・朝倉連合軍を破り、ようやく畿内を安定させ、これからいよいよ全国を平定していこうとするときであった。

織田信長の人物評に就いては諸説様々ある。ただ、これは安国寺恵瓊という実在の人物が実際に見聞きした織田信長を評した資料として非常に貴重なものであることは間違いない。まして、敵方の大将を冷静に客観的に評価することが外交僧としての重要な務めであったことは言うまでもない。

その恵瓊が言うのである。信長の世はあと持って3年、5年かもしれない。来年には、分不相応にもかかわらず、公家という身分になろうとしている。誠に思い上がりも甚だしいと言わざるを得ない。

その増上慢が行く所まで行き、大きく膨れ上がり、高いところから一気に転げ落ちるように思われる。それにしても、木下藤吉郎という武将は侮れない。一武将ではあるが、抜きんでたものを持っている。

本能寺の変の10年も前に、安国寺恵瓊は毛利方にこう報告している。織田信長のリーダーとしての在り方を、その目で見、その治世の危うさを見事に見切ったといえる。さらには、まだ、信長家臣の一武将であった秀吉をも見通していたとは恐れ入る。

信長にすれば、ようやく準備が整いつつあり、これからいよいよ天下を取りに行くという時期であったろう。信長の一挙手一投足、立ち振る舞いをつぶさに観察した安国寺恵瓊は信長に危ういものを感じたようだ。

さらに言えば、「高ころび」という言い表しだ。戦国武将である信長が戦で討ち死にするのではと言っているのではなく、自分の身の丈を精一杯伸ばせるだけ伸ばしたところ、足元をなにかにすくわれ倒れるのだと言っているように思われる。

まるで、信長が自分の部下に足元をすくわれ倒れると言っているようだ。恵瓊の慧眼まさに恐るべしである。本能寺の変は、恵瓊がいう「高ころび」の舞台として用意されていたかのようだ。

恵瓊が信長に見たリーダー像を、今の経営者に例えてみるなら、一代で企業を大きく育て上げ、超ワンマンで誰の言うことも聞かず、傲慢、独善を絵にかいたような社長といえるだろう。

そう言うと思い浮かぶ経営者が幾人かはいるだろう。自分のやり方でこれまで大きく成長してきた企業を持つ経営者は、自分の経営方針に間違いはないと確信している。たとえ業績が停滞気味となっても、社員、役員の声に耳を貸そうとは露とも思っていない。

経営者が「高ころび」するときというのは、まさにこういうときなのだ。経営者の不徳、いわゆる慢心、驕り、高ぶりといった不心得がその原因となる。経営者の傲慢、独善が会社を壊してしまう。

企業が壊れる理由は表面的には、売り上げ不振などの業績悪化があげられる。その原因はと突き詰めてみると、実は経営者の傲慢、独善に原因があったということは珍しくはない。役員、社員の心が離れてしまっていては企業は成り立たない。

驕る社長は久しからず。

 

 

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