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日本経済の低迷はデジタル化の遅れが原因ではない

鈴木純二
SPECIAL

顧客接点強化による成長型IT導入コンサルタント

ベルケンシステムズ株式会社

代表取締役 

顧客接点の強化を軸に、業績に直結するIT導入を指導するスペシャリスト。世に無駄なIT投資が横行するのと一線を画し、顧客の利便性向上、新規取引先、深耕開拓、利用促進…などを主眼に置いた、実益のIT活用と投資戦略を、各会社ごとに組み立てることで定評。

鈴木純二

こんな題名で話しを始めるのは、学者でも政治家でもアナリストでもない私にとっては、非難される要因を作るだけになってしまうかもしれないですが、最近特に確信に至った考えをどこかで書いておかないといけないと思ったからです。

「日本のデジタル化は遅れている。世界に比べれば2周ぐらい遅れている。IT敗戦だ。」と言われることがどんどん増えています。ならば、ということで政府主導でDX推進、という雰囲気が強くなってきていますし、現に進取の気質を持つ会社はどんどんDXを推進しています。それらが、いわゆるトップランナー方式で日本のデジタル化を推し進めてくれれば良いと思うと同時に、その渦の中の一人として微力を尽くしたいとも思います。

しかし、世の中「DX」というバズワードと政治のかけ声だけで動くほど簡単ではありません。「ならば、経営者向けに広くデジタル化の魅力の発信を!」とか「社員のリスキリング(いわゆる再教育)でDX要員を増やそう」といった話も聞こえてきますが、残念ながらそれらもデジタル化の起爆剤にはなり得ません。中長期でじわっと効いてくる施策なので否定はしませんが、すでに2周遅れている日本の産業構造を数年間で世界レベルに復帰させよう、というだけのエネルギーにはなり得ないと思われるからです。

それにそもそもデジタル化は手段なので、それによって何を成し遂げたいのかが先行しないと意味はありません。そこがまず決定的に欠けていると思います。ここはいったん「そもそも論」に立ち戻って考えた方が良いのではないか?というのが今回書きたかった持論です。

デジタル化の動きは、そもそもパソコンとかデジタルの機械が世の中に安く出回り始めた80年代から90年代がその始まりです。それ以前、大企業はメインフレームと呼ばれる大型コンピュータが計算機室に鎮座している時代でしたし、中堅企業ではミニコンとかオフコンが会計機能を中心に使われる程度でした。中小企業にとってはそれすら高嶺の花で、経理業務については電卓と帳簿での作業でした。そこへ、80年代以降IBMやNEC製のPCが普及価格で投入され、表計算ソフトやワープロが比較的安く出回り始めました。90年代も半ばになるとネットワークが普及しはじめ、社内でもネットワークに接続されたパソコンとサーバーで業務システムが普及し始めたわけです。

私は90年代にはモノ作りの仕事をしていましたので、海外に行くことも一般の人よりは多かったと思います。海外の主要パートナーと組んで製品を企画し立ち上げて日本に輸入して販売する、といったモデルで何機種も担当していました。その直前までは日本で日本人の社員と一緒に同類のことをやっていたのですが、当時とても気になったことが一つあります。

それは「海外のビジネスマンの行動速度が日本と比べると格段に速い。更に判断もものすごく早い。」ということです。当時日本では高度成長期を終え、先進国の仲間入り(?)を果たし、国としても先進国級の言動を要求されていました(それが客観的事実かどうか主観によるものですが、少なくとも私はそのように感じていました)。当然、アジアの国々に対しては先進国メンバーとしてのお手本を示す必要があり、彼らからもそれを要求されていた様に思います(少なくとも表面上は)。

そんな中で私達が失っていったものがあります。それは「スピードで勝つことへのこだわり」です。企画も設計もセオリー通りにきちんとこなし、商品をレビューして品質も充分に確認し、販売に移行したら顧客満足度を調査しつつブラッシュアップしてゆく、という堅実で着実な業務プロセスが社内や業界で定められ、何か事故が発生すると全てを止めて対処と再発防止を行う。こんなおとなしい仕事の仕方に徐々に変わりそれに慣れてきたわけです。これを海外のパートナーに示し、これを守れば成長するんだ、という尊大な立ち位置に自分を立たせてしまっていました。

ここまでお話をすればおわかり頂けるかもしれませんが、このような仕事の仕方に慣れてしまうと、物事の判断は「充分に検討を尽くしてから」ということになってしまいます。つまりビジネス判断は合議制で根拠をきちんと固めてそれを協議し判断に導いてゆく、というとても時間と手間のかかる方法になってしまったのです。これを全面的に否定するものではありませんが、「1億総慎重」の雰囲気が醸成されていきました。

その結果、「現状を良しとする。前例の無いことには取り組まない。挑戦して失敗した人はつぶされる。」という閉塞に陥っていったのです。当然「現状を良しとする」という考えが蔓延すれば、そこには速度の改善意欲もありませんし、経営判断をスピーディーに下せるようにする、という意味もありません。ただただ、今まで通りの仕事を堅実にこなせば経営層以下全員褒められるわけですから。ところが海外ではそれとは逆のマインドセットが大勢だった。

他社よりも早く安い商品を出し続ける。出した商品は他社よりも早く改善する。とにもかくにもスピード命です。それができなければ社会から取り残されてしまう。経営判断にも現場改善にもスピードが求められ、その中に入った私の目には、それこそ目にもとまらぬ速さで物事が進んでいく様に見えました。同じことを日本でやっていたら、おそらく数倍の時間がかかるし、下手をすると「実行判断」すらされないこともあったと思います。しかもそこへデジタル技術の大きな波が押し寄せました。

現状維持派が多い日本ではその新しい波に気がつかず、気がついても応用するモチベーションはありませんから無視されます。ところが海外ではスピード重視ですから、スピードがより速くなるなら我先に導入しようとします。それが10年、20年経過している内に、日本は2周遅れでいまだに昭和のスタイル。海外ではフルデジタル化されたビジネスがごく普通になってしまい、統計上の生産性も(一昔前は日本の得意技だったのに)先進国の平均値から相当低いスコアになってしまった。

こう考えると、日本のデジタル化がなかなか進まなかった理由が腹落ちすると思います。私は経済の専門家ではありませんが、おそらく上記は外れていないでしょう。「昔から同じモノを作っているので、仕事の仕方も現状維持でいいのだ」という社内の雰囲気はもしかして御社にもあるのではありませんか?それがデジタル化を阻害している根本的な理由だと思われませんか?異論のある方、同調される方とは是非一度議論してみたいものです。

 

 

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