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専門コラム「指揮官の決断」 No.009 長幼の序?

  クライシスマネジメント(想定外の危機への対応) 林祐 SPECIAL
林祐 SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント 代表取締役 林祐

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

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2011年7月3日、宮城県庁を訪れた第2次菅内閣の松本復興担当大臣は、村井宮城県知事が応接室で自分たちを待っていなかったのに腹を立てていました。

松本大臣に言わせると、知事が先に部屋にいてお客をお迎えするのが筋なのだそうです。そして入ってきた知事が冒頭に握手を求めに行ったのに応じず、「復興をちゃんとやれ、そうでないと我々は何もやらないぞ。」と命令口調で言ったあと、「後から入ってきたけど、お客さんが来る時は、自分が入ってからお客さんを呼べ。いいか、長幼の序が分かっている自衛隊ならそんなことやるぞ。いいか、しっかりやれよ。」とのたまわった挙句、取材陣に向かって「今の最後の言葉はオフレコです。書いたらその社は終わりだから。」と言い放ちました。村井知事が陸上自衛隊出身であることを知っていたための発言でしょう。

この発言が問題となって(つまりどの社もオフレコにしなかったので)、松本大臣は2日後に大臣を辞任せざるを得なくなりました。復興に必死になっている県知事に対する態度の横柄さが問題となったようです。

たしかに、地方が前代未聞の大惨事でもがいているときに、ちゃんとやらなければ国は何もしてやらないぞというのは復興担当大臣としての自覚が全く無いと言われるでしょうし、知事に対して命令口調でものを言うのは、国と地方の関係についての認識が誤っていると言わざるを得ません。憲法に規定された地方自治の本旨を理解していない証左です。

ただ、私がここでテーマとして取り上げるのは、別のポイントを問題視しているからです。

私はこの時まだ現役の海上自衛官で、たまたまこの場面をテレビで観ており、呆気にとられていました。大臣のご指摘のとおり、自衛隊は長幼の序の意味するところをしっかりと理解しています。したがって、長幼の序には従いません。

当コラムを訪れておられる指揮官の皆様には釈迦に説法ですが、長幼の序とは孟子が重要視した道徳律の五倫の徳の一つであり、年少者は年長者を敬い、従わなければならないとするものです。(ちなみに、孟子は夫婦については、夫には夫の、妻には妻の役割があり、それぞれ異なるとして、妻は夫に従えとは言っていないのが凄いところですが、同時に夫は妻の言い分に従わなければならないとも言っていないということは声高く申し述べておかなければなりません。)

自衛隊は、この孟子の教えを理解しているがゆえに従わないのです。軍隊は階級社会です。先に生まれた者が偉い社会ではありません。学校のクラブ活動のように先輩後輩の関係で規律されるような生易しい組織ではないのです。

私が海上自衛隊の幹部候補生学校を卒業して任官し、初めての艦隊勤務で護衛艦に乗り込んだ時、私はまだ20代の初任幹部であり、私の部下の3分の2は私より年上でした。私が生まれる前から海上自衛隊で勤務していた乗員も何人もいました。

私に与えられた配置に関する知識・技能は彼らの方がはるかに上で、とても指導できるような相手ではありませんでした。私が彼らに対抗できるとすれば、候補生学校で鍛えられた気力と体力だけでした。

私は、彼らの経験や知識、技能に大きな敬意を払っていました。しかし、日常の部隊勤務において、私から彼らに対して敬礼をすることは決してありませんでした。彼らの敬礼を受け、それに答礼するのが私の役割でした。

また、助言は求めましたが、決断をしてもらったこともありませんでした。決断をして責任を取るのは私の仕事でした。長幼の序などという倫理観とは無縁の世界だったのです。

学校出たての若い士官が熟練の部下から堂々と敬礼を受けるにはそれなりの度胸が必要です。経験も知識も未熟な自分が熟練の部下を率いて戦場に出て行くにはそれなりの覚悟がなければなりません。

最近は、護衛艦の指揮を執る女性の若手艦長も出てきていますが、彼女たちも多くの熟練した乗員を率いて戦闘任務に就く使命をもった船に乗り込むには、それなりの覚悟をもって着任しているはずです。自衛隊は、長幼の序などという生半可な倫理観で動いている素人の集団ではないのです。

階級社会においては、時が経つうちに先輩と後輩の階級が逆転することもあります。指揮官として着任してみると先輩が部下として待っていたり、大勢が集まる会議で階級順に座席が用意されているときに、かつての教官が下座にいたりすることもありました。そのようなことは自衛隊に限らず、企業でも珍しくなく起こっていることです。私的な世界ならともかく、公的な世界に長幼の序などというものが持ち出されるはずがありません。

たしかに、松本大臣に比べれば村井知事は若いのですが、県知事と復興担当大臣の公的な会談で「長幼の序」が持ち出されるというのは全く理解できません。また、「お客さんを迎えるときは、自分が先に入って待て。」というのも理解に苦しみます。

私は、海上自衛官として海幕や自衛艦隊司令部、地方総監部でそれぞれ海上幕僚長、自衛艦隊司令官、地方総監が、また防衛省の内部部局に出向した際には、事務次官や局長が来客に対応する場に何度も陪席した経験を持っていますが、あらかじめ応接室に入って来客を待ち受けるなどという対応は見たことがありませんし、自分が指揮官として部隊でVIPの訪問を受ける際にもそのような対応をしたことは一度もありません。

要するに、自衛隊では、松本大臣が言うような対応はしないということです。

ではどう対応するのか。

例えば、私が指揮官として指揮系統の上官の巡視や検閲などの公式の来訪を受ける際には、規則で対応要領が定められているので、それに従って、定められた位置で出迎えを行いました。出迎え自体も儀式なのです。それは出迎える相手が最初に自分の指揮する場所に足を降ろす地点であり、船の舷門であったり、桟橋であったり、庁舎玄関であったりしました。決して応接室の中ではありませんでした。

また、公式ではないものの、それに準ずる対応が必要な場合には庁舎玄関に当直士官等を整列させ、自分はドアボーイを伴って車寄せまで出迎えに出て、自分が先導して応接室に案内するなどの対応を常としていました。

民間のVIPをお迎えする際には、お客様が到着されたら、その用向きの担当者に出迎えてもらい、とりあえず応接室に入って頂いて、接遇担当者から合図をもらって、タイミングを計って入室するようにしていました。なぜなら、遠方から来られたお客様などは、冬ならコートをお預かりしたり、夏なら汗をぬぐって頂く必要もあり、化粧室を使われる場合もあるでしょうし、女性なら髪を直したいという方もいらっしゃいます。

名刺を出したり、パンフレットなどの資料を準備したり、あるいはお土産を頂戴することもあり、到着直後は先方も面談の態勢を整える必要があるのです。極端に暑いところを来られた場合には、先に冷たいものを冷やしたお手拭きと共にお出しすることもありました。そして落ち着かれたころを見計らって伺うようにしていました。

面談が終わった後は、応接室の外までお見送りして、玄関までは面談に陪席した担当者に送ってもらうことも、自分も一緒に車寄せまで出て、車を見送ることも、その場に応じて臨機応変に対応していました。お客様の負担にならないようにすることが重要ですので、とりあえずの表敬相手であった自分が見送るよりも、普段親しくして頂いている担当者に送らせた方がいい場合も多いのです。

これがプロトコールに厳格な自衛隊のやり方です。例外的に、極めて親しいお客様や、事情があって同席者や陪席者を交えずに話をする必要がある場合に執務室にお招きすることがあり、この場合だけは自分が中にいてお迎えしていました。

県知事が庁舎玄関に迎えに出なかったことは問題ではありません。内閣総理大臣ならばともかく、復興担当大臣の来訪に復興対応真っ最中の県知事が玄関まで出向く必要はないでしょう。村井県知事は自衛隊出身でしたので、そのあたりの相場感は私と同一なはずです。彼も暇なときにどこかの国務大臣が訪ねてくるというのであれば、玄関まで行ったかもしれませんが、時と場合によりけりです。

また、松本大臣が最後に「今の発言はオフレコ」と言ったことも論外で、政治家としての常識を欠いていると言われても仕方ないでしょう。オフレコにするにはルールがあります。

私も部隊でプレス対応を所掌する幕僚勤務をしたことがあり、大きな訓練や行事の際に報道陣を集めてブリーフィングをしたり、記者を連れてあちらこちらを回ったことがあります。この過程で、オフレコの話をすることもありました。

それは、そのまま報道されると誤解を受ける恐れがあったり、まだ公表前で、公には言えないが、いずれ明らかになる事柄について、あらかじめ知らせておいた方がいいだろうと考えられる場合や、報道陣に背景などを勉強しておいてもらった方がいいかと判断される場合などです。

この場合、あらかじめ、これから話す内容はオフレコにして欲しい、と宣言し、了解できない記者には退席を求め、了解した記者のみに話をしていました。それが記者に対するオフレコのルールです。一方的に喋っておいて、今言ったことはオフレコというのは記者には納得できるものではないはずですし、失礼です。しかも「書いたら、その社は終わりだから。」というのは、憲法が厳に禁じている表現の自由への弾圧行為そのものです。

要するに常識のない政治家だったのでしょう。プロトコールの基本的な作法くらい知っておかないととんでもない恥をかくという好例です。

これが恥をかくだけならばまだいいのですが、このコラムでも度々触れているように、プロトコールを甘く見ると、大きなチャンスを失うこともあれば、組織を危機の渦中に放り込むことにもなりかねません。浅野内匠頭が城中での作法さえ知っていれば吉良上野介のいじめに会うことはなく、大石内蔵助も歴史的な討ち入りをしなくて済んだかもしれないのです。

コラムで繰り返しお伝えしていますが、外交上の国際儀礼などは専門的な知識経験が必要ですが、ビジネスの世界で必要なプロトコールについての感性を磨くのは、それほど大変なことではありません。

私は米国で現地法人の取締役を経験していますが、ビジネスの世界のプロトコールは外交や軍隊におけるプロトコールのように歴史的な背景があるわけではないので、一生懸命に勉強しなければならないという性格のものではありません。まして日本は世界に誇る「おもてなし」ができる国です。海外でも堂々と渡り合うことができます。

そのような国に生まれ育った私たちであれば、日常生活における気付きを積み重ねていくことによって十分にその感性を磨いていくことができます。

その気付きを与えることが重要なのです。

※ 動画:Youtubeより

※ 写真:護衛艦艦長として着任し、乗員の出迎えを受ける大谷三穂2等海佐/海上自衛隊撮影

「経営者のためのクライシスマネジメント」~元海上自衛官が教えるクライシスマネジメントとは~
林祐

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント代表取締役

林祐

執筆者のWebサイトはこちら http://aegis-cms.co.jp/

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