なんにもないから飛べると知った理由 | 日本コンサルティング推進機構

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なんにもないから飛べると知った理由

SPECIAL

商品リニューアルコンサルタント

りぼんコンサルティング

代表 

商品リニューアルに特化した専門コンサルタント。「商品リニューアルこそ、中小企業にとって真の経営戦略である」という信念のもと、商品の「蘇らせ」「再活性化」「新展開」…など、事業戦略にまで高める独自の手法に、多くの経営者から注目を集める第一人者。常にマーケティング目線によって描きだされるリニューアル戦略は、ユニークかつ唯一無二の価値を提供することで定評。1969 年生まれ、日本大学芸術学部文芸学科卒。

新商品開発の発想法

商品リニューアル戦略をご指導し始めてから三年が過ぎました。とはいえ、商品リニューアルの基盤となっているのは24歳の頃、コピーライターという仕事に出会って以来ですので、もう25年になります。当時はあまりに自然で、あまりに当たり前すぎて、だれ一人として「商品リニューアル」という言葉を使う人はいませんでした。しかし商どんなに「新」を訴求していたとしても、商品サービスは既存の組み合わせから生まれるものが9割です。

 これは資源の少ない日本では、常に知恵を働かせて組み合わせの中から工夫をして、時代を進化させてきた歴史とも重なります。そもそもが、自然界には「万物流転」の法則があります。自然界もまた、突然「新しい生き物」が出現するのではなく、今あるものが変わり続けながら進化し、環境の変化についてゆけなかった生物が淘汰されます。

商品サービスは人に向かうものです。人は自然の一部です。ゆえに提供する側も、受け取る側も自然の一部であることを忘れてはなりません。デジタル化が進んだ世にあって右往左往することなく、その原点に回帰しおちつくことです。「おちつく」とはあちこち動いていたものが、一定のところにとどまりつく。すなわち「オチをつける」ことを意味します。万物は流動変化してきわまりないゆえに「変えてゆく」のが原理であり、商品リニューアルすることが流れとなります。

 過去にご縁のあった企業の中には「変えてゆく」ことを誓い、立志しながらも、本質的には「変えない。何も変えない」と真逆の行動をとる社長もいらっしゃいます。この場合には、商品やサービスを素晴らしくリニューアルしたとしても、社長が期待していた結果には至らないことが多いものです。

「変えてゆく」の真逆は「しがみつく」です。社会の中で企業としての使命を果たすことよりも、例えば、小さな世間のなかで「看板」を守ることを選んでしまった場合、経営者の家族はもとより、取引先、社員とその家族を巻き込みながらオチをつけていく社長もいらっしゃいます。

 行動することは大切です。ですが順番としては心の状態を整えることが先です。変わることの意味、考え方、なぜ変わらなければならないか、何のために変わる必要があるのか、WHYの真因を理解する。そして、経営者ご自身を超えて在る大きな流れに謙虚になれるかどうか。この2点が生命線であり、このふたつをご理解いただけない場合にはご指導することはできません。

飛躍できる会社の秘密

 夏からご指導させていただいている会社は「変えてゆく」覚悟をお持ちでした。先代が大きくした会社を引き継ぎ、経営者としてのプレッシャーに押しつぶされそうになり、ご自身も体調を壊した時期がありました。経営者として不甲斐ない状態で、リーダーとしての自分を許せなくなっていた時に、精神的な支えになったのが社員一人ひとりの言葉でした。今まで気づかなかった社員の心に触れ「社員とその家族をぜったいに幸せにしてみせる」と再起、「変えてゆく」と強く決意されました。

この会社は、それまで商品企画とは無縁でした。受注産業で右肩上がりだった時代が終わり、厳しい状況が続いていました。再起したところでのコロナ禍。「もう言い訳はしません。崖っぷちです。このままでは、黙って死を待つようなものです。私たちはメーカーになりたいのです。でも、どこから、何から、どうしたら良いのか分からないんです。お導きください」。カッと開かれた眼は充血し、瞬きもせずにわたくしを真っ直ぐ見つめていました。

コンサルティングが始まって1ヶ月半後には、社員を全員あつめて「経営方針発表会」をしました。その際、一人ひとりに自社の進むべき方向性を示したビジョンブックを手渡しました。ビジョンブックの作り方をお教えし、社長自らが作成しました。ご自身で製本すると、表紙に一人ひとりの名前を手書きしました。社長の考え方、事業の方向性を力強く提言しました。会場は静まり返っていました。

10月末現在、社長直轄で2つのプロジェクトが動き出しています。「今ある」商品やサービスを活かした商品を企画し、試作段階に入っています。商品リニューアルの考え方をお伝えし、工程に従って既存商品が生まれ変わる仕組みができつつあります。これからプロモーション戦略に着手し、リニューアル商品の売り方を構築していく工程に入っていきます。

初めてお会いしたのが春先のことでした。コロナ流行の兆しでZoomを使ってのオンライン個別相談に参加されました。その時社長は「自社には強みがありません。自分たちで商品を作れるような、強み、なんにもないんです。自慢できることといえば、〇〇さんの仕事を誠実にやってきたことくらいで・・・」と、視線を落とされていました。

そして今、雲ひとつない澄みきった青空のような表情です。「たのしくて仕方がないです」。そう目を輝かせプロジェクトに取り組んでおられます。この数ヶ月のフィードバックでは「自分たちが商品をつくれるとは、思ってもみなかった!」と表現されました。もちろんこれからが本番です。テストマーケティングとフィードバックを繰り返していく地道な積み重ねが待っています。工程を一歩一歩積み重ねて、成し遂げることを目指していきます。

自社の成長を伸ばす考え方、抑える考え方

大手企業こそが、時間と資金と人を投資して、素材、原材料からの研究開発に挑み、ゼロからつくる新商品開発に挑むべきです。しかし現実は、大手や中堅企業ほど商品リニューアルの仕組みを上手に回しながら大儲けしています。仕組みを構築して、商品リニューアルを「当たり前」にし、利益を生み続けています。

中小企業の場合には、商品リニューアルについて知らないが故に、ヒット商品は「ゼロ」から作るもの→自社は経験なし、強みもなし→商品開発はむずかしい、無理…負の思考スパイラルが自社の成長を抑えてしまっているのです。もったいないことです。

今ある主力商品やかつてヒットした遺産商品には、実は自社の知恵と工夫がつまっています。それ自体が唯一無二の情報の塊です。売れなくなった大きな理由は、無言で去っていったお客様が教えてくださいます。嫌われた理由にまっすぐ向き合うことからはじまります。

コンサルティングの現場では、社長ご自身のクチから「強みなど、なんにもない」とか「自社の強みがわからない」という言葉が出てきます。そんなときには「“なんにもない”、上等じゃないですか! 」と笑い飛ばします。そして本気で「伸びシロだらけですね」とお伝えします。

「なんにもない」からこそ、わたしたちは必死に考えます。なんにもないからこそ、知恵を出そうと必死になります。なんにもないからこそ、必死に考えて考えます。考え抜いたとき、迷いが消えます。そして、紙に定着させ行動するのです。この工程こそが商品リニューアルに目覚め、積み重ねてきた、わたくし自身の軌跡そのものゆえに、そう強く確信しています。

埋もれた価値を再構築する方法

子供の頃、なにひとつ取り柄のなかったわたくしが、たったひとつだけ見つけたこと、それは「書くこと」でした。大学受験に失敗し浪人生活を送っていたとき、予備校で書いた小論文が、先生に褒められました。毎回、私の書いた文章が授業で取り上げられるようになりました。文章を書く道で行こう!と決めました。そして文芸学科のある大学に進みました。

 大学生活がスタートしました。当時、卒業生には小説家の林真理子さんや吉本ばななさんがいました。そうした先輩を目指して、小説家志望のクラスメートがたくさんいました。切磋琢磨、小説を書こうと思って毎日毎日原稿用紙に向かいますが、一向に筆が進みません。

 小説がダメならテレビドラマや映画のシナリオを書いてみよう、と思い立ちました。ドラマツルギーもわからず単なるストーリーを書くのがやっとでした。キャラクターを起たせることも苦手でした。プロの登竜門シナリオコンクールに出しても、良くて最終選考まで。プロになれる見込みはゼロ。ドラマづくりの才能がない、継続していく努力も熱意も足りず、中途半端なまま挫折しました。

 わたくしには、ゼロからイチを生み出す圧倒的な才能が無かった。結局、何かを成し遂げることもできず、一般企業に就職しました。クリエイター気質で楽天家、好きなことには夢中になる一方、正確さやくり返しが求められる事務仕事は大の苦手。失敗続きでした。会社に行けなくなるほど思いつめていました。「得手に帆をあげる」ことの重要性を痛感しました。

 そんな時、運命を変える出会いがありました。23歳でした。青山ブックセンターで、たまたま「広告批評」という雑誌を手に取りました。巻末に水色の紙が折りこまれていました。広告批評を主宰していた天野祐吉さんが作った「広告学校」の生徒募集案内です。コピーライターの糸井重里さんが講師と書いてありました。おもしろそうだな、と直感し、公衆電話から申し込みの電話をしました。これが私の人生の大きな転機でした。

 会社では役に立たない新人でしたが、広告学校での時間は、楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。広告の企画立案、キャッチコピー、ボティコピーを書く広告制作の課題に夢中で取り組んでいました。

 クラス担任は現役の一流コピーライター諸氏で、佐々木宏氏、一倉宏氏、岩崎俊一氏、小野田隆雄氏でした。中でも心を鷲づかみにされたのが一倉氏です。サントリーモルツの広告を作っておられました。ビールというシンプルな商品に「父も母も素敵でした」という手書きのキャッチフレーズに、ドラマティックなボディコピーが綴られていました。印刷媒体でありながら、まるで映画のワンシーンのような、想像力をかきたてるドラマティックな広告を作っておられました。

 そのとき、気がつきました。キリン、サッポロ、アサヒ、サントリーなど各社競ってビールを出していますが、それ自体ほとんど原材料は変わりません。味や芳香の差異はあれ、どこの製品も優れていておいしい。

 ところが、一倉氏のキャッチフレーズとボディコピーで、同じビールでもまったく違う世界。同じビールでも、まったく新しい世界観が生まれる。ネーミングやパッケージデザインで世界観が変わる。そして「新商品」という魔法がかかる。商品がメタモルフォーゼ(変身)する!

 そのおもしろさにハマって、広告に夢中になりました。わたくしは、正直に、ゼロからイチを生み出す小説家やシナリオライターに憧れました。ゼロからイチを生み出すクリエイターになりたかったのです。しかし、やってみて挫折しました。ですが、ゼロからイチを作り上げる才能がなかったことが幸いでした。

 「なんにもない」からこそ、「目のまえにある、今ここにある」商品やサービスを注視し、集中して向かい合いました。ABCという差異のない、優れた商品やサービスがあふれるなかで、自社商品サービスをどうやって際立たせるのか。どうやってお客様に興味をもっていただけるのか。

それらを一度解体し、強みや弱点を再発見し、新たに組み立て直し、新しい世界観を作り上げ、唯一無二の商品世界を作り上げることができる。新しい商品やサービスに生まれ変わる「魔法」があることに気がついたのです。世界は商品リニューアルであふれていることに気がついたのです。

 広告学校で、コピーライティングに夢中になったわたしは、メーカーの企画部門に転職しました。業界未経験であるにも関わらず、拾ってくれたのが年賀状のトップメーカー「マイプリント」という会社の企画部門でした。

 年賀状もまた商品リニューアルのビジネスです。台紙となる紙、絵柄デザイン、賀詞文字、本文を基盤にしています。季節ごとにリニューアルすれば、暑中見舞い、挨拶状などになります。売る場所を変えれば、冠婚葬祭の挨拶状になります。売るモノを紙から建材に変えればカラフルでデザイン性の高いインターロッキングブロックになりました。商品開発に関わるようになってから年商100億から140億へと成長していきました。

 結婚退職し、次に勤めたのが洋菓子メーカーの「銀座コージーコーナー」です。新聞広告で求人を見つけました。プランナー募集の求人で、販促や商品企画といった広い募集でした。どうしてもこの会社で仕事をしてみたかったので、履歴書の他に、勝手に商品企画書を付けて応募しました。

 銀座コージーコーナーの鉄板商品は「ジャンボシュークリーム」です。この生地とクリームは変えずに、ターゲットを変えました。トレンドはくり返す原則があります。今でいうスイーツ男子の元祖が現れはじめていました。そこで「メンズスイーツ」をコンセプトに、シュークリームの商品リニューアルを考案しました。その名も「Qui monsieur/ウィムッシュー」。形はステッキ型のシュークリームです。その企画が良かったかどうかはともかく、社長の目にとまり、入社することができました。

 商品リニューアルは、資源のない日本という国のDNAです。万物流転の自然の法則に適応し、知恵と工夫で「変化」を起こし、進化をたどってきた先人たちの遺伝子を受け継いでいく戦略だと確信しています。

なんにもないから、考える。なんにもないから、変われる。なんにもないから、やってみる。なんにもないことが、プラスなのです。つくっては壊す、ゼロにして、ゼロからまたつくっては壊す。この循環は前の時代の考え方。わたしたちの得手は、実は商品リニューアルによるものづくりです。一社でも多く、中小企業がそのことに気づき、商品リニューアルの仕組みを実践した時、日本の産業はまったく予測していなかった未来にたどりついていると信じています。

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