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醤油で気づく『みたいなもの論』

SPECIAL

住宅・工務店コンサルタント

株式会社 家づくりの玉手箱

代表取締役 

住宅・工務店コンサルタント 。規格住宅を高付加価値化させ、選ばれる工務店となる独自の展開手法「シンボルハウス戦略」を指導する第一人者。
営業マンとして自分が欲しいと思わない住まいをお客様にお勧めする仕事に疑問を持ち、ある工務店でどうしても家を建てたくて転職、鹿児島へ 。15年間で173棟の住まいづくりをすまい手目線で担当。そこから編み出された、選ばれる工務店となる具体戦略を、悩める中小住宅会社ごとに実務指導中。

 

 

「醤油」の地域性

 

 

娘の家に泊めてもらったら、わが家のより高そうな醤油が置いてありました。それがなかなか美味しかったので、近くのスーパーで幾つか選んで買って帰りました。「醤油」は日本を代表する調味料ですから、各地で製法や味の地域性があります。鹿児島ではあまーい醤油が主流です。大阪育ちの私にはタレのようですが、鳥刺しには抜群に合います。鹿児島のスーパーでは、あまくない醤油の種類は少ないのです。

 

子供の頃には、よく酒屋さんに醤油を買いに行かされました。当時はどこの家庭も一升瓶で台所には「こいくち」と「うすくち」2本ありました。実家は「うすくち」メインで、ヒガシマル、「こいくち」はキッコーマンでした。酒屋さんの棚にお酒はいろいろな銘柄が並んでいましたが、醤油はこの2択だったような気がします。

 

関東のほうは昔から「こいくち」がほとんどだったようですが、これには理由があるそうです。というのも、江戸の水はミネラルが多い硬水だったそうで、関西の味の基本である昆布ダシがとりにくく、かつおダシをとるのには適した水でした。カツオだしは、魚の旨味とともに生臭さも一緒に抽出してしまいます。その生臭さを消すために香りも旨味も強くなっていき、現在の濃口醤油が普及していったというわけです。

 

東京のそばは出汁の色が濃くて昔は美味しく思わなかったのですが、最近はめっきり美味しくなりました。また、関西風のうすい色のうどんも増えました。お店では「うすくち」醤油も使われるようになったのですね。

 

あまーい醤油は、九州だけでなく四国や本州の日本海側でも多く使われているようです。どうして、こういった地域では甘い醤油なのか?一説によると、その昔から新鮮な魚が食べられる地域に甘い醤油が多く見られるとのことです。

 

魚は熟成することでやわらかくなり旨味を増しますが、海沿いの街では熟成する前に食べてしまいます。そうなると旨味が足りないので、醤油の方でダシの旨味や甘味を足して食べたのです。漁師さんが船の上でさばいてご飯にのせて食べるようなイメージですね。

 

 

↑関西の人にはお馴染みの「うすくち」ヒガシマル醤油

 

 

 

「醤油みたいなもの」と「醤油」

 

 

あまり意識していませんでしたが、どうやら醤油の世界にも「醤油みたいなもの」がこっそっり混ざっているようです。食品の表示上のルールでは「醤油」ではないけど「醤油みたいなもの」もありますし、表示は「醤油」でも従来の製法と違ったものもあります。何がどう違うのか分かりにくくて、さしずめ「ビール」と「発泡酒」「第三のビール」みたいになっています。

 

農林水産省のJAS法(農林物資の規格化等に関する法律)によると醤油の分類は五種類です。濃口醤油、淡口醤油、たまり醤油、さいしこみ醤油、白醤油です。これ以外のタレや専用醤油などは「しょうゆ調味料」「しょうゆ加工品」に分類されます。

 

そして、この5種類に旨み成分の量に応じて、それぞれ「特級」「上級」「標準」という等級があります。さらに「特級」には「特選」「超特選」という2段階の表示基準があります。ややこしいことこの上ないです。住宅の性能表示と相通じるものを感じます。『わが国のお家芸』なのかもしれません。

 

 

↑それぞれの醤油の割合(データは平成二十五年のものです)

 

 

醤油のラベルを見ていると、さらに醤油醸造法による分類もあります。全部で三種類の醸造法があるようです。

 

本醸造方式:
現在流通している醤油の八割以上がこの本醸造方式です。大豆や小麦を、麹菌や酵母などで発酵させる「もろみ」を造り、熟成させたものです。(本醸造だからといっても、添加物がまったく入っていないという意味ではありません)

 

混合醸造方式:
もろみの段階でアミノ酸液を加えて発酵させたものです。(半分化学的・半分醸造により効率よくつくる方式。アミノ酸液を加えているから体に悪いという訳ではありません)

 

混合方式:
こちらは生場醤油(出来たて醤油)の段階でアミノ液を入れ、火入れ(殺菌)、ろ過で完成となります。液を入れた後に発酵や熟成をしないのが混合醸造方式との違いです。(激安商品はこれが多いです)

 

 

↑高級「醤油」のラベル(高級なものほど原材料表記がシンプルです)

 

↑量産「醤油」のラベル(アミノ酸液が筆頭で、いろいろ入ってます)

 

↑「醤油みたいなもの」のラベル(表には「だししょうゆ」とあるのですが、こうなると醤油自体がどのようなものかは表記されません)

 

 

醤油は、さらに原料大豆による種類もあります。醤油のラベルをよく見ると「丸大豆醤油」と「醤油」があることに気づきます。大豆はもともと丸いものですが、なんで「丸大豆」なのでしょう。それは、原料の大豆には大きく分けると「脱脂加工大豆」と「丸大豆」があって区別されているからです。「脱脂加工大豆」は大豆から大豆油を絞ったあとのものです。

 

大豆は油を抜いた後でもタンパク質などが豊富に残っているため、それを「脱脂加工大豆」として醤油の原料に使っているのです。一方の丸大豆は丸のままの大豆、つまり大豆油を抜いていないものです。「醤油」と書くので「油必要なんじゃないの?」と思いがちですが「丸大豆」に含まれる油の大半は醤油になるまでに取り除かれるそうです。意外にも「脱脂加工大豆」のほうが醸造時の分解が早く旨み成分が多くなる傾向があるそうです。

 

これらはもともと戦時中に物資がとにかく足りなく、大豆の配給を減らされそうになった際に大豆油を抽出した残りを使ったり、必要な成分を添加したりして短期間に効率良く醤油を造るために編み出された『秘技』なのだそうです。

 

 

↑丸大豆(脱脂加工大豆よりも芳醇な香りに仕上がるそうです)

 

↑脱脂加工大豆(丸大豆よりも旨味成分が多く出る傾向があるそうです)

 

 

伝統的な醸造元の陣営にはネット通販などでがんばっている蔵元もあります。海外での日本食ブームも追い風になっているようです。しかし、一部の事業者では価格の安い量産醤油を体にわるいイメージでやんわり攻撃、それによって自社製品をブランディングしているケースも見受けられます。

 

これらは蔵元の社長の意向なのか、サイト制作や広告を担当する人たちの戦略なのかは不明です。しかし、正しくない情報も多く含まれますので「印象操作」とも言えるものです。「醤油」に関してはシロウトである私でも分かるのですから、あまり良い手だとは思えません。今どき、幾つかの情報ソースを見ていればすぐにバレることです。

 

 

いっぽう量産メーカーは、原材料の安定調達に腐心しています。生産量が多いことは、決していいことばかりではないのです。海外からの調達は必須であり、国際情勢や為替の影響を常に受けるからです。よって、原料依存率の下げるべく周辺商品の開発をしたり、生産拠点の海外展開を進めたりしています。

 

醤油醸造について言えば、ひとたび大規模化し伝統的な杉桶でつくる製法をやめてしまった蔵元はもう元には戻れないのです。なぜなら、先祖伝来の杉桶に住みつく多様な生物環境がつくりだしていた味はもう作れないからです。廃棄した古い製造環境は、人工的には再現できないものだからです。

 

昔からの製造環境を守った小規模企業と、製造環境を革新して大規模化を果たした企業とは、同じ「醤油」をつくっていても、住む世界が違っているのです。どちらにも強みと弱みが存在します。

 

 

 

時代と「みたいなもの」の関係

 

 

戦後の復興期や、その後の高度経済成長期は市場拡大局面でした。醤油製造技術の歴史に見てきたように「物のない時代にいかに安定して多くのものをつくって世に送り出すか」に知恵が絞られてきたのです。多くの社長はそうして拡大する需要に応えてきました。

 

その結果、さまざまな醤油のバリエーションが生まれました。醤油業界ではこれまで「量産品」が「希少品」を駆逐してきましたが、生き残った「希少品」陣営が「量産品」陣営に「美味しい」という本来の品質で徐々に切り込んでいます。食べたひとの「舌の評価」がいちばんものを言います。本物に回帰する動きは確実に成長しているようです。正しい「情報」が新たな市場を切り開いているのです。

 

住宅にも戦後の復興を名目に「みたいなもの」が大量に供給されてきました。最近ではかなり質の向上をともなってきたとされていますが、本当にそうなのでしょうか。いまひとつ居心地は良くないし、「永く使う」「可変性」「セルフメンテナンス性」などはどんどん失われています。

 

結果として供給者に対する「依存性」を高め、高品質という割には「短命化」しています。自動車なども相当な進化を遂げていますが「依存性」や「短命化」という点では共通している気がします。つまり自分が買った物の「生殺与奪」の権を消費者側が持ちづらくなっているのです。高価格にもかかわらずです。大企業を中心に官民一体で規制が強化されているわが国では、その傾向が特に顕著です。

 

自動車は高額ですが、気に入らなければ買い替えは十分可能です。ですが、住宅は買うとなると、試したり失敗したりしづらい買い物です。だからこそ供給者は消費者を騙しやすく、選択を誤る消費者が多いのです。正しい「情報」に触れることで、上手に選択する消費者は今後の時代では数も比率も増えていくはずです。フェイクニュース全盛の世ですが、それゆえに嘘のない「正しい発信」が顧客獲得を盤石にしていくと思われます。

 

現在は市場縮小局面です。それは誰の目にも明らかですが、多くの企業のやっていることは拡大局面での手法だったりします。大企業が拡大する需要に応えながらも利益を出せるよう考案したやり方を現代の中小企業が模倣しているケースも多く見受けます。お手本になる情報の多くが急拡大を目論んだ大企業型だからでしょう。近代の成功物語をなぞるだけでは策が整いません。お手本にも現代と今後の世の中に合った選択が必要です。

 

 

 

縮小とともに成熟していく社会でも、必ず成長する分野や商品はあります。醤油を見るかぎり、これからの消費者はひと本来の欲求に戻ってゆく予感がします。

 

 

 

 

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