「経験と革新の化学反応 ― シニア人材とベンチャー企業がつくる新時代の成長モデル」
「西田先生、シニアな方の実力って、やっぱりすごいです。」
指導先の経営者が、とある会議の席でしみじみともらしてくれた一言です。いわゆるベンチャー企業に分類されるこの会社は、少数精鋭の若手エンジニアが立ち上げた会社です。ほんとうに若い会社で、経営者自身も一般企業で言えば中堅くらいの年齢です。
企業が日々直面する経営課題の多くは、その会社にとって初めての経験であることが少なくありません。社歴が浅い企業であればなおさら、未知の課題にどう向き合うかが経営者の手腕に直結します。新しい技術、新しい市場、新しい組織――。どれも挑戦に満ちていますが、同時に「経験値の不足」という壁も立ちはだかります。
しかし、経営というマクロな視点から見れば、まったく新しい課題というのは実はそう多くありません。業種や時代が変わっても、経営の根幹を成す「組織」「人」「お金」「顧客」といったテーマは普遍的です。言い換えれば、形式こそ変われども、経営課題には一定の“型”があるのです。その意味では、若い企業が挑む「未知の課題」は、過去の企業がすでに経験してきたものの“再来”である場合も少なくありません。
その「型」を読み解き、最適な手を打つための知恵こそが、シニア人材の持つ経験値です。長年の実務で培われた判断力や段取り、トラブル対応の勘所などは、若い経営者にとってまさに“宝の山”と言えるでしょう。一定の社歴を持つ企業が安定した強さを発揮できるのも、この経験値の積み重ねがあるからです。
とはいえ、どんなに優れた知見があっても、最終的に意思決定し行動に移すのは人です。組織運営、営業、人事、経理など、どれを取っても誰かが責任をもって動かなければ仕事は進みません。若い企業の場合、そこに「仕組み」としての経験が足りないことが多いのです。たとえば、会議の進め方や情報共有の方法、社内承認の流れなど、組織経験のある人にとっては当たり前のことが、ベンチャー企業にとっては新鮮な発見になることもあります。
英語で「相性」を表す言葉に Chemistry があります。もともとは化学を意味する単語ですが、この二つの意味を重ねて考えると、シニアの経験値とベンチャーのイノベーション力が融合することで、まるで化学反応のような新しいエネルギーが生まれる、というイメージが浮かびます。実際に、経験豊富な人材が入ることで、ベンチャー企業の組織力や営業力が一気にレベルアップするケースは珍しくありません。逆に、シニア人材にとっても、若い企業のスピード感や創造力に触れることで、これまでの経験が新しい形で再生されるのです。そこには世代を超えた「学び合い」と「相乗効果」があります。
この観点から考えると、日本経済においてもシニアと若手の協働は大きな可能性を秘めています。高市首相の所信表明演説では、「経済の強化」を国家の最優先課題と位置づけています。経済を強くするためには、単に成長分野に投資するだけでなく、「人材と知見の組み合わせ」を最大化することが欠かせません。もし、若い企業がもつイノベーション力と、シニア人材がもつ経験値をうまく掛け合わせることができれば、日本全体の競争力は大きく底上げされることでしょう。
少子高齢化が進む中、「シニアの活躍」と聞くと、どこか社会福祉的な文脈で語られがちです。しかし私は、これを“経済戦略”として捉えるべきだと考えています。経験はコストではなく、再生可能な資源です。イノベーションと経験、この二つの力が融合することで、新しい成長モデルが生まれる。そこには、年齢を超えて共に挑戦する日本企業の未来像が見えてくるのではないでしょうか。
企業における「Chemistry」を起こすのは、いつの時代も“人と人との出会い”です。年齢や立場の違いを超え、共に未来を語り合える関係をどうつくるか。その一点に、次の時代のビジネス成功のカギがあると私は思います。
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