事業が大きくならない、もう一つの理由、それは「社長のこだわり」
特殊工事業を営む H社長が相談に来られました。
毎期、十分な利益を確保しており、財務状況も非常に良好です。
私は質問をしました。
「御社の特色は何ですか?」
H社長は、考えることなく答えます。
「うちは、技術力ではどこにも負けません。」
難易度の高い工事を、確実に、そしてきれいに仕上げる。
同業者からも一目置かれる存在です。
それでも――
事業は、思うように大きくなっていませんでした。
「成長しない理由」は、社長のこだわり
このコラムで何度も書いてきましたが、事業が大きくならない理由は、概ね次の3つに集約されます。
・大きくならない事業モデル
・量産する仕組みができていない
・その成長を支える組織がない
H社にも、これらの課題は確かにありました。
しかし、話を進める中で、それ以上に大きな要因が見えてきたのです。
それは、H社長自身の「こだわり」でした。
「技術力が要らない仕事は、やりたくない」
私は、H社長にこう提案しました。
「技術力をそれほど必要としない工事も、受けてみてはどうですか?」
H社長は、少し間を置いて答えます。
「……そこでは、うちの強みを発揮できません。また、簡単な工事なら、他にいくらでも業者がいますから。」
この反応は、非常によく分かります。
誇りがある。自負がある。それ自体は、決して悪いことではありません。
しかし――その“正しさ”が、成長を止めてしまっているのです。
私は、さらに確認します。
「その仕事は、取りに行けば取れるのですか?」
H社長は少し考え、答えました。
「はい、行けばいくらでも取れるはずです。」
技術は「武器」だが、「全員の仕事」ではない
原則は以下になります。
高度な技術は、社長か限られたベテランが担えばいい。
会社を大きくする仕事は“別物”です。
・若い社員でもできる仕事
・判断をあまり必要としない仕事
・決まった手順で回せる仕事
これらを意図的につくらなければなりません。
そうでなければ、
・新人がいつまでも育たない
・自分が活躍できないために辞めていく
・そして、採用できる人が限られる
・その結果、いつまでも社長やベテランが現場から抜けられない。
という構造が、固定化されます。
「技術力がいらない仕事」は、価値が低い仕事ではありません。
量産するための仕事なのです。
「能力が低い社員」が、急に活躍し始めた
その場では、社長は大きく頷きませんでした。
「分かりました。」とも言われません。
翌月のコンサルティングでも、特に変化はありませんでした。
しかし、その次月。
H社長は、明るい表情で話してくれました。
「先生、彼が生き生きと仕事をするようになりました。」
詳しく聞くと、こうでした。
・恐る恐る、技術力を必要としない工事を1件受注した。
・「能力が低い」と諦めかけていた社員が、急に活躍し始めた。
これまで「段取りが悪い」「覚えが遅い」と評価していた若い社員が、現場で動き始めたのです。判断が少なく、手順が決まっている、技術の難易度が低い。こうした仕事では、彼は十分すぎるほど戦力になるのです。
会社は「質と量」の二段構造で伸びる
このような仕事を取れれば会社の構造を変えることができます。
難易度の高い仕事(質)
並みの社員でも回せる仕事(量)
この二段構造をつくることで、量で若手を育て、伸びる人材を質の高い仕事へ回すことができるようになります。
結果として、売上は伸び、会社の規模も大きくなっていくのです。そして、安定もしてくるのです。
成長を止めているのは、社長の「美学」
事業が大きくならない原因は、社員の能力の不足ではありません。また、採用ができないことでもありません。
多くの場合、社長のこだわり、美学、プライドが、会社の成長にブレーキを掛けています。
高い技術力、かっこいい仕事、「うちは違う」という誇り
気持ちは、よく分かります。
しかし――会社は、作品ではないのです。
H社長は、こう言われました。
「こんな仕事がもっとあれば、過去の多くの社員は、辞めずに済んだはずです。」
提言:こだわりは「一部」に残せ
こだわりを捨てろ、とは言いません。
こだわりは、残していいのです。それどころか、会社を更に高めるために持ち続けてください。それが会社の売りになり、若手の目標になります。
その一方で、難易度が低く、並みの社員で回せる、量で稼ぐ事業を別に持つのです。
そこなら活躍できる人は多くいます。また、社会のニーズはそっちにもあるのです。
事業を大きくするとは、「自分が好きな仕事を増やすこと」ではありません。
「世の中に求められ、並みの社員でもできる仕事を増やすこと」です。
技術を捨てるのではない。しかし、技術に縛られてもいけません。
そこそこの社員で、そこそこの成果を出し、そこそこ稼げる事業をつくる。
それを量産する。
ここを越えられるかどうか。
それが、次の成長ステージへの分かれ道となります。
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