第85号:数字に向き合う時間をリッチタイムに変える方法
「シライ先生、毎月の試算表を見るたびに気が重くなるんですよね。数字を見るのが、正直、億劫で…」
製造業を営むS社長がこう打ち明けてくださったのは、コンサルティングの場でのことです。売上は一定水準を維持しているものの、資金繰りへの不安が拭えず、経理担当からの月次報告のたびに神経質になってしまうとおっしゃっていました。
私はS社長にこうお伝えしました。「S社長、数字に向き合う時間は、本来、美しく、前向きで、希望に満ちた時間のはずなんですよ。事業の成長を構想する時間と同じくらい、魅力的であるべき時間なのです」
S社長は少し驚いた表情で「そんなふうに感じたことは一度もありません」とおっしゃいました。
残念ながら、多くの経営者の方々が同じ状況に置かれています。数字に向き合う時間がネガティブになる理由は複数あります。
資金繰りへの漠然とした不安、想定外の実績、読みにくい市況、想定していた数字と経理からの報告とのズレ、そして経営者ご自身の数字に対する苦手意識。
しかし真因は、もっとシンプルなところにあります。
「経営者にとっての数字の扱い方」が、同じ経営数字に携わる他の職種の人々にとっての数字の扱い方と、明確に異なるという事実をご存じないことによるのです。
数字と言えば「経理」「税務」「金融」の世界を想像される方がほとんどです。それぞれが分野特有の知識を有し、その知識に基づく数字の取り扱いをします。
経理担当であれば、入金と支出を適切に管理し、日常のお金を滞りなく回すことを最重視します。税理士であれば、適切な税務申告の遂行と、経営者にとって税務上有利になることを使命とします。金融機関であれば、貸出資金の使用使途と返済可能性を中心に数字を見ます。
いずれの機能も会社を支える重要な役割です。それら機能なくして事業は存続できません。
ではここで重要な問いです。事業を経営される経営者にとって、数字との付き合い方において、何に着眼し、何を重視し、どう取り扱えばいいのか?
答えは明快です。それは「未来の数字と今の数字を接続して、経営判断を行うこと」に他なりません。
当月や過去の試算表を見たり、経理からの報告を聞いて、情報を得ることはできます。しかし残念ながら、それだけでは「経営判断」はできません。なぜなら経営判断とは意思決定であり、意思決定は常に「未来に対して行われること」だからです。
そこで重要になることは、「未来のありたい数字構造」と、「今現在の数字構造」の「差分」を掴むことです。
過去と現在の差分でもなければ、当月目標と当月実績の差分でもありません。それらは既に終わったことです。重要なのは「すでに終わったことが将来に対してどう影響するか?」であり、「その影響をコントロールするために、どの数字をいつ変えていくか?」の経営判断です。
例えば今の売上が下がっているとして、もしその事実しか見ていなければ、目先の売上確保を目標とするでしょう。しかしそれが未来の利益や現預金残高を目標に近づけていくかといえば、実は必ずしもそうではありません。
なぜなら売上確保の「やり方」によって、他の数字構成要素である粗利や経費、運転資金関係が変動し、あるべき未来の利益・現預金水準と乖離していくことがあるからです。
逆に言えば、数字構成要素の何をどう動かしたら、あるべき未来の利益・現預金水準に到達するのか?が分かれば、売上を上げるにしても「どう上げるか?」の選択肢が広がります。思い込みを排除し、何が未来目標に近づける本質的なやり方なのかを、冷静に判断できるのです。
特に売上低下局面では、お金の不安がよぎることも多いのではないでしょうか。その時に、「今の段階で、将来いつの時点でどの程度の現預金水準になり、それは目標といくら乖離するのか?」が掴めていれば、冷静な判断が可能になります。
「最終的な利益・現預金目標をクリアするために、いつ、どの数字を、いくら変えていけばいいか?」これを経営者自身でシミュレーションし、良い意思決定に繋げる。これこそが、経営者にとっての数字の扱い方です。
S社長はこの話をお聞きになってから、月次の数字を「過去の記録」としてではなく、「未来に向けたシミュレーションの起点」として読み始めました。
経理報告の翌日にはその実績が半年後の現預金残高をどう変えていくかを確認し、「どの変数をいつ動かせばよいか」を整理した上でコンサルティングにお越しになります。
ある月、S社長はこうおっしゃいました。「シライ先生、数字を見るのが楽しくなってきました。実際に私の意図が未来の数字推移に反映され、次の一手が見えると、不安が希望に変わるものですね」と。
このように、経営者がすべき数字の扱い方とは、「未来のありたい利益・現預金水準に向けて、今の数字構造のどの変数を、いつ、いくら動かせれば無理なく実現できるか?を設計し、可視化すること」です。
この設計を描く時間は、まさに会社の未来を数字で描く時間です。数字に向き合う時間が、先行きに悩む時間ではなく、「こうすればこうなる」という希望を描くリッチタイムになるのです。
情勢変化の速い時代、戦略が空回りして負のループに入りやすい時こそ、数字は経営者にとっての味方であるべきです。数字を経営者の味方にし、新しい意思決定を生み出す仕組みを持てるかどうかが、経営者自身の自信に繋がり、組織を動かす力になるのです。
あなたの会社は、数字に向き合う時間をリッチタイムに昇華させていますか?
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