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専門コラム「指揮官の決断」 No.031 図上演習の秘密

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

図上演習という言葉はあまり耳に馴染みが無いかもしれません。古くから軍隊で作戦計画を立案する際に用いられてきた手法です。
 対応すべき事態に関し、想定を付与することにより事態を疑似体験しながら、情報の収集、分析、意思決定、伝達等の対応を机上で行う実動を伴わない演習を指し、要するにシミュレーションゲームのことです。

この図上演習は、危機管理の担当者を育てるのに極めて優れた手法です。
 危機管理は、迅速かつ的確な初動がその成否を決めてしまいます。しかし、その初動は、ほとんど情報がない状況下で行わなければなりません。

また多くの場合、正解のない問題と戦うことを余儀なくされます。
 結果だけでその適否が評価される厳しい決断を次々に下さなければならないのが危機管理です。
 それはちょうど救急救命医が、搬送されてきた患者を一目見て症状を看破し、的確な治療を施さなければならないのに似ています。
 優秀な救急救命医になるためには、多数の症例を研究し、多くの経験を積まなければなりませんが、組織がビジネスの世界で危機管理上の事態の実体験を豊富に積むことはできません。

図上演習は、実際に経験を積むことのできない様々な事態を、想定上で経験することにより、僅かな手がかりから事態を看破し、得られる情報に含まれるバイアスに惑わされることなく、的確な判断を下すことのできる人材を育てることができる極めて優れた訓練方法なのです。

実動を伴わないので現業を止めることのできない施設、公共交通機関や自治体のように不特定多数の対象者が存在する組織にとっても訓練がしやすいのが特徴です。

図上演習は古くから軍隊で行われており、日本では明治時代に秋山真之が海軍大学校の戦術教官に補職された際に、米海軍で行われていたものを導入したのが最初とされています。

自衛隊でも様々な規模で日常的に行われています。作戦計画を立てる際に、その仕上げとして図上演習を行い、青軍と赤軍に分かれて机上で戦って問題点を抽出したり、戦果と損害についての見積もりを立てたりしています。
 その規模は、数人で机上でサイコロを振りながら行うものから、数十億円もする図上演習装置を使って数百人がかりで行うものまで様々です。

特に海上自衛隊は創設以来、米海軍との共同の図上演習により部隊運用の考え方や戦術思想の共有を図り、相互運用能力を向上させてきています。

最近は地方自治体でも図上演習の手法を用いた防災訓練が行われることが多くなりました。DIG(Disaster Imagination Game)などと呼ばれ、地域住民の防災意識を高める目的で行われるケースが多いようです。

ビジネスの世界においても危機管理のコンサルタントの指導の下に防災等の図上訓練を行う企業が出てきました。
 しかし、残念ながらしっかりとした図上演習を行っている自治体や企業は多くはありません。

図上演習と称して訓練を行っている自治体や企業の訓練を拝見すると、作られたシナリオのとおりに進行して無事終了となってしまうものが多く、図上演習が持つ多くの特徴が発揮されていない例が散見されます。
 図上演習をしっかりと指導できる指導者が極めて少ないのが原因です。
 本格的な図上演習を行っている組織が少ないため、図上演習の経験者そのものが少なく、基本を熟知し、十分な経験を積んだ指導者が育っていないのです。コンサルタントが見様見真似で指導している図上演習が多いのが残念です。 

図上演習は実動を伴わないので、想定さえ出すことが出来れば、危機管理上の事態のみならず、あらゆる分野に応用することが出来ます。

例えば、会社が大きな儀式を行う場合、その実施要領を作成する際に図上演習を行ってみると計画に漏れがなくなるとともに、不測の事態への対応の準備もできるようになります。

具体的には、プレイヤーに社長、専務、総務部長、総務係、来賓などの役職を割り振って、一日の流れを追いかけながら、途中で思いもかけぬトラブルを想定として与えてみればいいのです。

かつて私の図上演習のセミナーに何度か参加された方の会社で、創立30周年の祝賀会を計画した際、実行委員会で図上演習を行ってみたそうです。

コントローラーから社長を迎えに行った車が接触事故にあったという想定が出されたのですが、総務部が対応できませんでした。したがって演習上は社長が開会に間に合わず、挨拶ができないという事態が生じ、大問題になったのだそうです。

ところが祝賀会当日、首都高で事故があり、社長車が渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなるということが現実に起こったのだそうです。

しかし、この図上演習に参加していた秘書の機転で地下鉄に乗り換え、総務部長は同じく首都高で身動きが取れなくなっていた数名の来賓の方に連絡をとって誘導し、会場の最寄り駅で社長と一緒にマイクロバスでピックアップすることにより予定通りの開催が出来たのだそうです。

この話が来賓の方々から各方面へ広がり、その社長はどこへ行っても得意満面だったそうです。ステークホルダーの信頼を勝ち取ったことは言うまでもありません。

図上演習は、その手法に習熟してくると、いたるところで手軽に行うことができるようになります。会場を準備し、時間を取って行うだけでなく、経営会議や課内のミーティングなどでも気軽に「ちょっと図演でやってみようよ。」という感じで行うことができるようになります。

図上演習は様々な目的で行われており、その実施方法はそれぞれの目的や参加者に合わせて異なりますが、基本的な方法は次のとおりです。
 まず、想定を出して図上演習をリードしていくコントローラー部と、想定に従って対応の訓練をするプレイヤー部に分かれます。
 そしてコントローラー部が出した想定にプレイヤー部が対応していきます。
 コントローラー部はプレイヤー部のリアクションを判定し、次々に想定を出していきます。
 この手順を繰り返していき、所定の段階に達したところで状況中止という指示を出し、最後に研究会を行い、講評をして終わります。
 想定とその対応をホワイトボードと紙で行う場合もネットで結んでコンピュータで行う場合もあり、また、数人で行う場合も数千人が参加して行う場合もあります。

図上演習では、参加者の意識の高揚や手順への習熟などを図ることが出来ます。しかし、図上演習において得られる最大の成果は、危機管理上の事態において指揮を執ることのできる人材グループの育成です。

図上演習に際してコントローラーは様々な想定を出さなければなりません。しかも、効果を高めるため、その想定にプレイヤーが判断を迷うような効果的な伏線を敷いていくことが必要です。単純ではない状況を付与してプレイヤーの判断力を磨くのです。 

このような伏線を巧みに敷いていくことのできるコントローラーが、実際の危機管理上の事態において、指揮を執ることが出来る人材に育っていきます。
 なぜなら、彼らはその事態における様々な可能性を把握し、その事態を極めて客観的に評価できる眼が出来ており、情報の裏に潜むバイアスや未知の問題を類推する力量を備えているからです。

プレイヤーとして参加している人々は、与えられた想定に対する対応のみを考えていますが、コントローラーは、何が起きているのか、今後何が起こり得るのかを考えていますので、限られた情報の中で事態の本質を看破し、しかも正解のない問題に直面しても、うろたえることなく判断することができる実力が涵養されるのです。

図上演習を常に社外のコンサルタントの指導に任せていると、このコントローラーのノウハウが社内に残りません。
 コンサルタントは図上演習の度に呼んでもらわなければならないので、このノウハウを囲い込んでしまうからです。

つまり、自社でこのノウハウを獲得し、自ら図上演習を企画・運営していけるようになることが重要なのです。そこで育ったコントローラーが、危機管理上の事態においてトップを強力に支えるスタッフになっていくからです。

私たちはこのコントローラーの養成に重点を置き、クライアントが独自に図上演習を運営できるようになることを目標としたコンサルティングを行っています。演習効果の高い想定を次々に出していくための着眼点、そのようなコントローラーになるための秘訣をお伝えしています。

図上演習の度に呼んで頂くよりも、皆様がどのような危機にも毅然と対応して、それぞれの社会的責任をしっかりと果たしていくお姿を見せて頂くことが私たちにとっての大きな喜びだと考えています。
(写真:陸上自衛隊撮影)

 

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