採用難の時代に必要なのは“根性”ではなく“発想力”

「はい、そうです。それうちのことです」。

先日、ひょんなことから会話をした、とある事業所の社員さん。どこかで聞いたことのある社名だと思ってお尋ねしたところ、このお答えが返ってきました。

「それ」というのは、数か月前に話題になったユニークな人材採用の方法のこと。人材の確保に苦労しているのはどこの業界でも同じですが、特に厳しい福祉の業界で意外な成功事例として報告されたものです。

知る人ぞ知る、その採用は「マッチョ採用」。福祉と言えば、高齢者のお世話で相当な体力が必要な業界。マッチョな人材が必要なのはわかりますが、それを筋トレ好きと結び付けたところが見事な展開です。

新聞記事によると、筋トレを趣味にする社員のために、ジムでのトレーニングやプロテインの補助まで会社がしているとのこと。確かに力を使うのが仕事の一部だとしたら、パワーの源たるトレーニングやプロテインを会社が補助するというのも納得がいきます。

それにしても、福祉とマッチョです。凡人には思いつかない組み合わせですが、組み合わせてみるとすこぶる納得がいきます。どうも社長自らがマッチョ系の方らしく、その視点から見ると何ら無理のない採用戦略なのかもしれません。

この発想の面白さは、単に「話題になった」ことではありません。
根底にあるのは、「ありたい組織像」から逆算して採用戦略をデザインしたという点です。「筋力のある人が多いと助かる」ではなく、「筋トレを楽しむ文化を仕事の強みに変える」という逆転の発想。これが“変化球”と言われるゆえんです。

多くの企業が陥るのは、採用活動を「空いたポジションを埋める作業」として捉えてしまうことです。求人票に条件を並べ、給与や福利厚生を整え、できるだけ多くの応募者を集める。けれども、そこに会社の個性や価値観がにじまなければ、「どこにでもある会社」に見えてしまいます。

本来、採用はマーケティングと同じ。自社をどう見せたいのか、どんな人に惹かれてほしいのか。その「ブランドメッセージ」が伝わらなければ、人の心は動きません。

たとえば、先のマッチョ採用。外から見れば奇抜ですが、社内では「筋肉を鍛える＝利用者さんの安全を守る力をつける」というロジックが共有されており、社員の誇りにもなっています。つまり、筋トレという行動を通して仕事の意義が可視化されたのです。

これを一般企業に置き換えるとどうでしょうか。
「働く意欲のある人を採りたい」ではなく、「何を楽しめる人と一緒に働きたいか」と言い換えるだけで、採用の質が変わります。

「数字に強い人」よりも「仕組みを考えるのが好きな人」。
「指示待ちしない人」よりも「お客様の喜ぶ顔を見るのが好きな人」。
少し視点をずらすだけで、自社らしいメッセージが生まれます。

こうした発想の転換ができるかどうかは、経営者自身の余裕にかかっています。
「人が足りない」「求人を出しても応募がない」と焦っている時に、採用活動のクリエイティブを練るのは難しい。つい「誰でもいいから来てほしい」という思考に流れてしまいます。けれども、人材の質が事業の質を決めるのは間違いありません。

焦って採った人を活かせずに離職されるよりも、少し立ち止まって「うちが本当に欲しいのはどんな人か」を言語化する。その時間こそが、採用活動の最良の投資になるのです。

つまり、採用は「人を探す作業」ではなく、「共感を呼ぶストーリーを紡ぐ仕事」です。ストーリーを生み出すには、頭と心の余裕が必要です。日々の業務に追われ、数字の帳尻を合わせることばかりに気を取られていては、こうした発想は生まれません。

採用のアイデアは、会社のビジョンの鏡です。そこにユーモアや温もりがあるかどうか。人の心を惹きつける採用は、会社そのものの魅力を映し出しています。

さて、あなたの会社の採用には、どれだけの“遊び心”と“余裕”があるでしょうか。