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「東京主義」と「東京レベル」  

  地方メディアの高度有効活用 海江田 博士 SPECIAL
海江田 博士 SPECIAL

地方メディアの高度有効活用コンサルタント

株式会社メディアコネクション 代表取締役 海江田 博士

広告分野における地方メディアの高度有効活用を専門とするコンサルタント。東京在住中のマーケティングビジネス経営の経験と地方企業への経営革新支援ノウハウの融合させた、独自の「儲かるための広告戦略」を開発。自らも成功実践事例として、地方メディアを舞台に展開。

当コンサルタント開催セミナーがあります。

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20年前、東京から故郷である鹿児島へ戻って地方のビジネス社会に入っていったときに驚かされたことが幾つかありました。それは、東京にいる頃、当たり前に行なっていたビジネス上の習慣が通じない場面が結構ある、ということでした。

例えば、初対面のとき名刺を交わすこと。これが普通にできない経営者が結構いたのです。私が名刺を差し出すと「あ、ああー、ええーっと。」という感じでそれから慌てて机の引き出しを探し出す人。「持って歩いたことがないんで。」という人。様々でしたがさっと出てこない経営者が結構多いことに驚かされました。「名刺を交換して挨拶をする習慣がないのかなあ・・??」と、少し不思議に思ったものです。

それから、電話かけてきてお名前を名乗らない方もいました。「ああ、私だけど○○君いる?」事務所のお客さんではありますが、声だけでは担当の社員でもすぐには分からない場合もあります。ましてやたまたま電話を取っただけの別の社員ではすぐには判断がつきません。「俺だよ、俺!」しまいには怒りだす社長もいました。

またアポなしもごく当たり前のように行なわれていました。突然、名前も名乗らずにズカズカ事務所に入ってくるお客さんもいて戸惑ったものです。私がたまたま出かけようとしていたときなど、非常に困った思いもさせられました。「ああ、出かけるとこだったら別にいいんだよ。」とおっしゃっても全くむげにするわけにもいきません。仕方なく時間をずらしたこともあります。

さて、地方に帰って驚いたこと、と書きましたが、基本的にはこの20年間でそれほど変わった訳ではありません。名刺の件も電話の件もアポなしの件も、今でも同じようなことが日常茶飯事に行なわれています。もちろんこれらは驚かされたうちのほんの一部の出来事で他にもいろいろありました。

さてそこで、私がどう考えどう行動したかというと、「仕方がない。自分も多少なりとも田舎の考え方や行動パターンに合わせなければ。」とは全く考えませんでした。東京で大学を卒業してサラリーマンとして勤務し、その後会社を起こして経営した時と同じように考え行動しました。

そうすると、先述のような行動パターンが普通の土地柄ですから、多少違和感が生じます。私の身近では、父や母が先述したのと同じような行動様式を取っていました。母などは私と衝突する度に

「あんたの考え方や振る舞いは、それは東京方式だ。田舎じゃ通じない。私と同じようにしなさい。」

といった発言をぶっつけてきたのです。母は40過ぎて帰ってきた私を教育しようと本気で考えていたようで、何回も「東京主義」とか「東京方式」という言葉で非難しました。

いくらそう言われても、自分のスタイルを別に「東京主義」とも「東京方式」とも考えていなかった私は大変戸惑いましたが、変える気はさらさらありませんでした。また、先述したような明らかにビジネスマナーに反するような行動についても、相手はたいていの場合、顧客である経営者か地元の顔見知りの方だったので、「しょうがないなあ・・」と思っていても、こちらからしいて「正すように。」といった助言をすることもなかったのです。

ただ自分の事務所のスタッフだけには、その田舎方式のままで行かせることはしませんでした。私自身、その後も東京との往復を頻繁に行い、常に最新のビジネス情報は取り入れられる状況にしていましたので、そういった話はできるだけ伝えるようにはしていました。また、社員に関しては、外部のマナー講師を招聘したりして、一定レベルのビジネスマナーは根付かせたつもりです。

さて、「なぜこんな風に普通の商慣習やビジネスマナーが行われていないのだろう?」と最初不思議でしたが、やがてその原因が掴めました。それは地元が極めて「地縁血縁」で結びついた社会ということです。つまり、地域社会そのものが、いちいち堅苦しい挨拶などしなくても、俺のことは知っているはずだ、私のことはよくわかっているはずだ、という前提に立っているのです。

そういった前提が、オフィシャルとプライベートとのけじめやメリハリをきちんとつける、といったことが成されていない緩さに繋がっていたのです。相手の来歴や氏素性をよく知っているということが、ビジネス上でもプライベート上でも大切な条件で、地域社会を成り立たせている重要な要素だったのです。実際そういった背景の下で地域の営みが成り立っているわけですから、このすべてを否定することはできません。

ただ、私のようにかなり長い間地元を離れていた人間にとっては、現実的な情報(地元の人々の氏素性など)もまたそういったマインドも自分の中にないものだったので、極めてやりにくかったことは確かです。このようなマインドを持ち地元の情報にいろいろと明るいということは、地域社会で暮らす上でマイナスということは特にありません。

しかしながら、一つだけ決定的に困った事態を招くことになります。それはビジネス上の発展性を大きく阻害するということです。どういうことかというと、地方の場合、例外なく過疎化が進み高齢化社会が加速していました。つまり、それまでのマーケットでは商売が厳しくなっていたのです。ということは、それまでの地域社会というマーケットからできるだけ脱却して新しい市場を開拓する必要がありました。つまり、地縁血縁をベースに成立していた商売が維持できなくなっていたのです。

この状況を打破するためには、まだ出会っていない未知の顧客を開拓していく必要があります。しかしながら、これまで述べてきたようなマインド或いは慣習で商売が成り立ってきていたために、多くの経営者が何をどうしていいかわからない状況でした。私自身も、ここまで述べてきたようなことをはじめから系統だってロジカルに理解していたわけではありません。今でこそ、こんな風に書けるくらい分析し整理されていますが、当初は戸惑いの方が多く、どのように助言し修正を促していったらいいのかわからなかったのです。

ただ、「東京主義」と言われようとなんだろうと、自らの仕事だけはきちんとビジネスライクに進め、情報発信や販売促進を怠らないようにやってきました。そして、その考え方や手法をできるだけ多くのお客さんに伝えようとしたのです。お伝えする方はあまりうまくいったとは言えませんが、「東京主義だ!」と言われた自らのビジネスの方は伸ばすことができました。このことを冷静に振り返ってみると、私が決して「東京主義」や「東京方式」といったものを貫こうとしたわけではないことに思い当たります。

それは「東京主義」といった自己主張の強いものではなく、しいて言えば自分が学んできた「東京レベル」といったものだったのではないかと思うのです。もっと言えば「東京レベル」でもなく、ビジネスをやっていれば当たり前の考え方や行動を、できるだけ一流企業と呼ばれているそれに近づけたい、と頑張っただけのことだったと思います。

ただそれだけのことで地方では際立って見えることもあるということなのです。当初「あんたのやり方は東京主義だ。」と非難し揶揄していた人たちも、もうそんなことは言わなくなりました。ただ、私のお勧めする様々な手法にはまだそれほど乗ってきません。これからも私はいわゆる「東京レベル」というものをできるだけ顧客である経営者の皆さんに伝えていきたいと思っています。

 

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企業の盛衰を決める社長のためのメディア戦略
海江田 博士

地方メディアの高度有効活用コンサルタント

株式会社メディアコネクション代表取締役

海江田 博士

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