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社長が取り組むべき新しいビジネスモデルとは―「地縁血縁社会」依拠の罪深さを今さらながら考える―

  地方メディアの高度有効活用 海江田 博士 SPECIAL
海江田 博士 SPECIAL

地方メディアの高度有効活用コンサルタント

株式会社メディアコネクション 代表取締役 海江田 博士

広告分野における地方メディアの高度有効活用を専門とするコンサルタント。東京在住中のマーケティングビジネス経営の経験と地方企業への経営革新支援ノウハウの融合させた、独自の「儲かるための広告戦略」を開発。自らも成功実践事例として、地方メディアを舞台に展開。

当コンサルタント開催セミナーがあります。

ラジオによる情報発信風景

私は今まで繰り返し、ビジネスにおける「地縁血縁社会」をベースにしたモデルでは立ちいかない、ということを述べてきました。

その点について、今さらながらではありますが、改めて検証してみようと思います。

私は会計事務所のオーナー経営者としても、地域の中小企業を長い間ウォッチングしてきています。その私から見て、町に古くからあった商売でいまだに繁盛しているところはほとんど存在していません。

かろうじて繁盛しているのは、これまでになかった全く新しい業態で始めた商売(携帯電話販売など)とか、コンビニエンスストアとかドラッグストアのように大手チェーンが運営する店舗で、その母体は資本力がまるでけた違いの企業ばかりなのです。

一般の企業や商店がどうなっているかというと、売り上げベースで3割ダウンとか半分程度の落ち込みどころではなく、中には3分の1、5分の1、ひどいケースは10分の1といったものもあるくらいです。以前、8千万円とか1億円あった売上が、2千万円台、1千万円台にまで落ち込んでいるのです。「それでよく商売が続いているな!」と、言われそうですが、それでも何とか食えていけているのが田舎の特徴でもあります。

かつて「地縁血縁社会」には、数々のメリットがありました。
その最大の特長は互助的扶助作用です。誰かがピンチに陥ったとき、地域社会特有の「なんとかしてあげなきゃあ。」というセーフティーネットが働きます。それは「あそこで買ってあげよう。」といった「購買」という行為で助けられることもあれば、資金の貸し借り(あるいは「保証人」の引き受け)という形で救われることもあったわけです。

さらに、相手の氏素性、性格、信条、おおよその経済状態までわかっている、という社会においては、基本「営業」という行為は必要ありません。

個人情報がズブズブの地域社会において、わざわざ「営業」などという、手間ひまばかりでなくカネのかかる行為を行なうまでもなかったのです。

それよりも大切なのは、日頃の交流であり、挨拶を欠かさない、義理を欠かない、といった目配り気配りがそつなくできることが強く求められました。

つまり、よく見知った同士の「地縁血縁社会ビジネスモデル」を強力に遂行することで、商売の繁盛が保証されたのです。

また、注目すべきはその関係性ばかりではありません。

そういった地縁血縁を支える絶対人口が、地方といえども多数であった、ということが繁栄の大きなベースになっていました。

経済の力は人口とほぼきれいに正比例しますので、人口の多さは繁栄のための絶対条件と言っても過言ではありません。今の過疎化が信じられないくらい、地方の片隅にまで人々は数多く居住していたのです。

また、その多かった人口の平均年齢が今よりもかなり若く、購買意欲も購買力も高かった、ということが、さらに地方の繁栄を下支えしました。

当時は、カネよりもモノの方が不足している時代でした。まだ若くバイタリティーを持った一人一人が、収入を増やし、欲しいものを手にしていくために頑張る、という図式が、人々の間で何の違和感もなく受け入れられていたのです。

こういった基本的な時代背景のもと、「地縁血縁ビジネスモデル」は、無類の力を発揮し、絶大な経済効果をもたらしました。

先述のように、互助的な精神構造や氏素性情報が共有されているために、事業経営者は営業活動、販売促進活動といったものに、ほとんどなんのエネルギーもコストも要しませんでした。

そんな経済的背景が当たり前のように存在していた日本の地方というのは、極めて特殊なビジネス環境に置かれていた、といえます。

日本はそういった基本条件のもと、30年以上右肩上がりの経済的繁栄を続けることができた、世界でも稀有な国だったのです。

ところが、その後多くの人口が都市に集中し、地方がスカスカになった状況においては、このビジネスモデルは成り立たなくなりました。

都市部を中心に巨大化した企業はやがて国際社会においてもその競争力をいかんなく発揮し、世界を席巻します。その結果として、1980年代、日本企業は「ジャパンアズナンバーワン」と世界からもてはやされたのです。

しかしながら、そうやって時代が進んでも、地方は「地縁血縁ビジネスモデル」から一向に脱却することができず、その後遺症はいまだに続いています。

楽々と儲けることができた、という甘い成功体験の記憶は、麻薬のように人々の記憶中に存続し、時代の変化とともに自らも変わらざるを得ないにもかかわらず、その一歩がなかなか踏み出せないでいるのです。

前述したように、地縁血縁社会のメリットが享受できなくなった以上、それに代わるビジネスモデルを開拓する必要があります。

ただし、全く新しいモデルの開拓ですから、一朝一夕にできるわけがありません。熟考し、トライアルし、時には撤退も覚悟するといった試行錯誤を繰り返さなければ、新しいビジネスのコンセプトなど創り出せるはずもないのです。しかし、地方の状況を見ていると、その努力がまだ足りないと言わざるを得ません。

努力もさることながら、営業体制の構築や広告宣伝を打つためにはそれなりのコストがかかります。時代の変化に早々に気がつき、早め早めの手を打っておけばよかったのでしょうが、遅きに失したためそのための財力も今や残っていません。というより、まだこのことに気がついていない経営者も結構多いのです。

かくいう私も、地方における他の多くの事業者方たちと同様の経済環境に置かれていたにもかかわらず、会計事務所としての営業部隊の構築や広告宣伝に多額の費用をかけるということはできませんでした。

費用の点もさることながら、そういった改革に積極的に手を染めることへ、地域が抱くであろう違和感を予感したからにほかなりません。

つまり「あいつは(地縁血縁社会の中で)なにをちょこちょこやっているんだ!」という感覚です。

もちろん、そんな環境の中でも、営業をかけるという選択はあったと思いますが、地縁血縁社会の感覚が色濃く残っている状態では、これは逆効果になります。

「あいつは、(地縁血縁社会の中で)ガツガツしてみっともない。」という評価です。
おわかりでしょうか。地縁血縁ビジネスモデルの中で新しいモデルに挑戦することの難しさを。

というような事情や背景があって、私は「情報発信」という手段を選びました。

これは営業活動や広告宣伝ほど即効性はありませんが、マイナス効果を生むというリスクが極めて少ない手法ですので、私の業態、立地などにはかなり適合していたと思います。

また、この手法はマーケティングという点においても理にかなっているのです。

少し時間がかかったものの、その効果は、業績の向上という形で確実に表れています。

私の「情報発信」に対して、興味のない人はスルーしますので、いい意味で心に引っかかった人しかこちらにアプローチしてきません。

そういう意味では、初めから新しい手法やビジネスモデルに興味を抱く人だけがセレクトされるという、予想しなかった効果も表れています。

最後はいつものように「情報発信」の話になりましたが、そこに至るまでに「地縁血縁ビジネスモデル」との葛藤や戦いがいかに大変なものであったか、ということを知ってもらいたかったからです。

とはいえ、この戦いにはもう終止符が打たれました。

ビジネスモデルとしての「地縁血縁社会ベースモデル」は、完全に終わっています。

地縁血縁をプライベートな世界で大事にしていくというのは、これからも日本人が忘れるべきではない大切な心情の一つだと思います。

ただ、これをビジネスの世界に重ね合わせるのは、終わりにせざるを得ません。

この点をきっちりと割り切って、効果的なモデルの一つである「情報発信」の手法に真剣に向き合われることをお勧めします。

 

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企業の盛衰を決める社長のためのメディア戦略
海江田 博士

地方メディアの高度有効活用コンサルタント

株式会社メディアコネクション代表取締役

海江田 博士

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