後継者が名実ともに社長となるとき

拙著『親子経営の教科書』(マネジメント社)の出版の際、5社の親子経営企業で取材の機会を得ることができた。5社のケースから親子経営企業の経営エッセンスを読み解いた。今日はその第9話。
【社内の人間関係を制し、後継者が社長になる】
親子経営企業において、子息、息女である後継者が父親の経営する会社に入社したとしよう。この場合多くのケースでは、すでに身内親族の役員、社員が多くいることがある。それも一人二人でなく、結構たくさんの身内親族が入社していたりする。
実際、私が父親の経営する建材商社に入社したときは、私の従兄弟が3人、姉婿が1人の計4人の身内親族が入社していたものだ。そして、彼らみんなが部署長として各部署のリーダーに当然のごとく就いていた。
その当時、彼らみんなが社長の長男である私を後継者として、どう評価し、どのように考えていたのかは、私には分からない。ただ、私が後継者となるには彼らの協力、理解が必要であったのは間違いない。
ところが、それが簡単にはいかないわけだ。彼らには彼らなりの会社に対する想いがあり、彼らなりのやり方で部署長として長年やってきたわけだ。私が社長の長男だからと、すんなりと後継者と認めるわけにはいかないという雰囲気が自然と伝わってきていた。
私にとって、身内親族社員とどう向き合っていくのかが最も大きな課題となった。さらに、身内親族役員、社員以外の古くからいる古参社員との向き合い方も同じように私に与えられた課題となった。
後継者が身内親族社員、古参社員とどう向き合い、後継者としての立場をどう築き上げていくのか、とても大事な問題だ。
ここで多くの後継者が勘違いしてしまうのは、「いずれ自分が社長になるのだから、いずれ分かってもらえるだろう」という甘い見通しである。残念ながら、会社という組織はそんなに都合よく動いてはくれない。
むしろ逆だ。何もせずに時間だけが過ぎれば、「あの人は社長の息子だからここにいるだけだ」という評価が静かに、しかし確実に広がっていく。これは非常に厄介だ。一度そうしたレッテルが貼られてしまうと、後からそれを覆すのは容易ではない。
ではどうすればいいのだろう。結論から言えば、「人間関係を制する」とは、力で押さえつけることではないく、信頼を積み上げていくことだ。
その第一歩は、相手を理解することだ。身内親族であれ、古参社員であれ、彼らには彼らの歴史がある。会社がまだ小さかった頃から支えてきた自負、苦労を共にしてきた仲間意識、そして「自分たちがこの会社をここまで育てた」という誇りがある。
そこに、後から入ってきた後継者が、いきなり上から目線で指示を出せばどうなるか。反発が起きるのは当然である。表面上は従っているように見えても、内心では憤懣や不満が生じている。
だからこそ、後継者はまず「教えてもらう立場」に自らを置き、謙虚な姿勢をとる必要がある。現場に入り、仕事を覚え、先輩社員から学ぶ。その姿勢を徹底することだ。これは単なるパフォーマンスではなく、本気で学ぼうとすることだ。
私自身も、最初は現場に入り、時には悔しい思いもした。しかし、その過程で少しずつ「この人は本気でやる気があるらしい」と見てもらえるようになった。信頼というものは、こうした小さな積み重ねの中でしか生まれない。
もう一つ大事なことがある。それは「成果」である。どれだけ謙虚であっても、どれだけ努力していても、結果が伴わなければ評価は上がらない。特に後継者の場合、「身内だから甘く評価されているのではないか」という目で見られがちだ。
小さくてもいい。担当した部署で数字を改善する、新しい取引先を開拓する、業務の効率化を実現する。そうした具体的な成果を一つ一つ積み上げていくことだ。私の場合は、営業で成果を出すことに徹した。
すると周囲の見方が変わってくる。「あの人はやるな」という評価が、少しずつ広がっていく。この変化こそが、後継者にとって何よりの資産となる。そして最後に、忘れてはならないのは「感謝」である。
身内親族であれ、古参社員であれ、これまで会社を支えてきてくれた存在である。その事実に対する敬意と感謝を、言葉と態度で示し続けることだ。人は理屈だけでは動かない。感情で動くものだ。
後継者が社長になるとは、単に役職が変わることではない。人の心を預かる立場になるということ。私が言う社内の人間関係を制するとは、社員を従わせることではない。社員から「この人のもとで働きたい」と思われる存在になることだ。
その覚悟と行動が伴ったとき、はじめて後継者は名実ともに社長となる。
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