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専門コラム「指揮官の決断」 No.017 あの日が再び・・・

SPECIAL

クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)コンサルタント

株式会社イージスクライシスマネジメント

代表取締役 

経営陣、指導者向けに、クライシスマネジメント(想定外の危機への対応)を指導する専門家。海上自衛隊において防衛政策の立案や司令部幕僚、部隊指揮官として部隊運用の実務に携わる。2011年海将補で退職。直後より、海上自衛隊が持つ「図上演習」などのノウハウの指導依頼を受け、民間企業における危機管理手法の研究に着手、イージスクライシスマネジメントシステムの体系化を行い、多くの企業に指導、提供している。

あの日から6年が経ちました。何十万人、ひょっとすると何百万人の運命を変えた大震災でした。

地震は天災であり防ぐことができないのですが、だからといって当事者の方々にとっては、そう簡単にあきらめることのできるものではないでしょう。ある日のある時間を境に激変してしまった多くの人々の人生があったことを忘れるわけにはいきません。

しかし、原発の事故は100%人災です。この原発事故に際し、電力会社や政府関係者からは「想定外」という言葉が何回も発せられましたが、私に言わせれば「だから何なんだ。」です。「想定外」だったら責任がないのか、対応できなくても仕方なかったのか、ということです。

危機管理を担当する者に「想定外」という言葉はあってはなりません。想定内であれば「危機」ではなく、「面倒な事態」に過ぎないからです。想定外だからこそ「危機」になるのであり、その想定外の事態に対応するのが危機管理なのです。「想定外だった」ということは言い訳にも何にもならないのです。危機管理に責任を持つ者がそんな根本的なことも知らなかったのかと唖然とするだけでした。

世界を震撼させた原発事故でしたが、東電とその下請け会社の社員、消防、警察、自衛隊の隊員たちが絶望的な状況の中で、文字通り命懸けの作業をあきらめずに続けた結果、最悪の事態を回避することが出来ました。さらなる爆発、メルトダウン、メルトスルーを防ぐための死に物狂いの冷却作業は文字通り「闘い」でした。

しかし、次に同様の事故が起きた時に、原発の暴走を止められるかどうかは誰にも分かりません。「想定外でした。」で済むことではありませんし、多くの人々の決死的な努力に頼るということはあってはなりません。それらの人々にも将来への夢や希望があり、家族もいるのです。

原発の冷却作業のために現場に向かった隊員たちは、家族に、「俺が止めてくる」「自分たちがやらなきゃだれがやるんだ」と言い残して出発していったのです。「想定外でした。」と言い訳していたのは、現場に入ることがない人たちでした。

東京電力と国策として東京電力に原子力発電をさせてきた政府の責任は重大です。しかし、責任の追及をしてみても虚しい限りです。失われたものが戻るわけではないからです。私たちは学ばなければなりません。人災であった原発事故は二度と繰り返してはなりませんし、近い将来に生起するであろう大規模自然災害にはしっかりと備えなければなりません。

東日本大震災の後、南海トラフに起因する地震、東京湾北部を震源とする地震、南関東地震など地震に関する警鐘があちらこちらで鳴らされています。そして、それらの警鐘がなかった熊本でも不意打ちのように大きな地震が発生しました。地震のみならず、富士山の噴火などを心配する専門家もいます。

静岡県富士川の河口から高知県足摺岬に至る海域、つまり駿河湾から日向灘に横たわる南海トラフで10年以内にマグニチュード8以上の巨大地震が発生する確率が、今年1月に「20%程度」から「20~30%」に引き上げられました。50年以内の確率は実に90%です。

この確率の持つ意味がわからないと漠然とした不安に駆られるだけになってしまいます。専門家に聞くとびっくりするくらい単純で、過去何年間に何回起きたかを調べ、年数で割って平均的な間隔を計算し、最後に起きた時からの年数に応じて次の地震の起きる確率を計算しているのだそうです。

例えば、1000年に5回起きているとすれば、200年に1回その地震が起きるだろうと仮定し、前の地震から100年たっていれば次の地震が来る確率を50%と考えるのだそうです。

つまり、一定の周期で繰り返している地震は、起きていない期間が長くなるとそれだけ発生確率が高くなっていきます。150年経てば75%になるということです。東日本大震災のようなプレート境界付近で起きる海溝型地震は、一定の周期で繰り返していますので、1年の違いで確率がだんだん大きくなっていきます。

しかし、今後10年以内に南海トラフでマグニチュード8以上の地震が起きる確率が20~30%というのはどう解釈すべきでしょうか。ひとつの目安を提示します。

「イチローがヒットを打つ確率とほぼ同じ。」というものです。

テレビでイチローの試合を観るとき、私たちは彼が打席に立てば当然のようにヒットが出ることを予想して観ています。そして、実際に第1打席でヒットを打つことだってあります。だとすれば、今後10年以内にとんでもない大地震が起きることを当然のように予測して準備しなければならないはずです。しかも10年以内の確率が20%だからといって、それが今年起きないということではないのです。

イチローの登場の時は当然のようにヒットを打つものと思っているにもかかわらず、私たち自身が地震に襲われることを当然のように予期しないというのは、心理学上「オーストリッチ症候群」と呼ばれる心理状況に陥っていることを示しています。

体の大きなダチョウは意外に気が小さく、怖いものがあると砂に頭を突っ込んで、大きなお尻が出ているにもかかわらず、怖いものを見ないようにするのだそうですが、嫌なこと、恐ろしいことはなるべく考えないようにして、それが我が身に起きないことを祈ったりするだけなのです。ダチョウを笑うことのできる方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

さらにお伝えしなければならないのは、地震が起きる確率そのものは実は100%だとということです。フィリピン海プレートと呼ばれるプレートが南海トラフから西日本の地殻の下に潜り込んでおり、その速度は年間5センチメートルと言われています。100年の間には5メートルも沈み込んでいることになり、それが今現在も続いているのです。これが元に戻そうという応力を発生させ、その応力が境界面の摩擦力を超えると境界面が一挙にズレてしまい、跳ね上がることにより、その応力が周辺の境界面に伝わり、次々に境界面がずれ動いていきます。東日本大震災ではそのずれ動いた距離が500キロにもなりました。ドミノ式に震源が拡大していくのです。

つまり、プレートが境界面の下に潜り込む動きを続けている限り、その応力が限界を超えてズレてしまい、巨大地震になるのは時間の問題であり、その時は必ず来るのです。ただ、いつ、いかなる規模で来るかだけが問題なのです。

そして、さらにもう一つお伝えしなければならないことがあります。

南海トラフに起因する地震は、陸地と震源域の距離が東日本大震災よりも近いということです。

これが何を意味するか。

東日本大震災の被害はほとんど津波によるものでした。しかし、南海トラフに起因する地震では、震源との距離が近いことによる揺れの強さも問題になるでしょう。津波対策にばかり目を奪われていると大変なことになります。

また、その津波も、震源域が近いことから第1波の到達が極めて速く、最悪3分程度で津波に襲われる地域があります。駿河湾から日向灘に至る南海トラフがドミノ式にズレる場合、ずれ初めからずれ終わるまで5分以上かかるとされています。ということは、揺れが続いている間に津波が到達するわけであり、強烈な揺れで身動きが取れない間に津波に襲われるということになりかねません。

駿河湾以外の地域、例えば相模湾でも紀伊半島でも地震発生から20分から30分で津波が到達するので、時間的猶予があまりありません。東日本大震災では第1波が到達した後、自宅に様子を見に帰って第2波に巻き込まれた方が多数いましたが、南海トラフに起因する地震では、揺れで身動きが取れないまま津波にのまれる犠牲者が多数出ることが予想されます。

南海トラフに起因する地震は間違いなく起こるのですが、始末が悪いのは、同じく南関東地震も東京湾北部地震も時間の問題だということです。これらを避けることはできません。必ず起きるのです。

私たちは東日本大震災から様々な教訓を得たはずです。しかし、私たちは起こることが100%確実な事象に対して、十分な準備を始めているのでしょうか。

その日はまもなくやってきます。過去の経験から何も学ばなかった愚かな世代と後世に言われないよう、しっかりと対応する必要があります。

立ちすくんだり、あきらめたりする必要はありません。しっかりと対応すればいいだけのことです。

見て見ぬふりをして津波に巻き込まれてしまうのと、この脅威を見据え、しっかりとした対策を立て、万一対策を超える想定外の事態が生じても毅然と対応できる覚悟を固めておき、大打撃を受けた社会の復興の先駆けとなるのとでは天と地の違いがあります。

この専門コラムでも弊社のウェブサイトでも繰り返し申し上げているように、そのために膨大な経費や人材が必要なわけではありません。

指揮官の皆様のクライシスマネジメントに取り組む決断と覚悟があれば、あとはちょっとした工夫と発想の転換があればできることなのです。

 

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