お天道様が見ている

今日は私の子どもたちにリーダーの話しをしよう。
第6話
【リーダーは独りでいるときこそ言動を慎め】
これは昔からよく言われている話だ。親がいたずらする子どもに言う。「お天道様が見ているからね。私がいなくても賢くするんだよ」てね。大人になっても同じこと。
特に人の上に立つリーダーはこれに気をつけなければならない。政治家、経営者は本当に気をつけたほうがいい。普段、みんなの前でリーダーとして威厳を保とうと、取り繕ってきた者は特にね。
世によくある政治家、経営者のスキャンダルがまさにこれだ。一夜にして信用、信頼が喪失してしまう。人は独りでいるときこそ、身を慎まねばならない。
私は長年経営者として生きてきたが、経営者にとって最も大切な資産は何かと問われたなら、迷わず「信用」と答える。
お金ではない。商品でもない。立派な社屋でもない。信用だ。
信用があるから取引先は仕事を任せてくれる。信用があるから金融機関は支援してくれる。信用があるから社員は安心してついてきてくれる。
逆に信用を失えば、それらは一気に崩れていく。そして厄介なことに、信用というものは築くのに長い年月を要するのに、失う時は一瞬だ。まるで積み上げた石垣が、一箇所の崩れから一気に崩壊するようなものだ。
だからリーダーは常に自らを律しなければならない。人前だけ立派であればいいわけではない。むしろ誰も見ていない時にどう振る舞うかが、その人の本当の価値を決める。
中国古典に「慎独(しんどく)」という言葉がある。『大学』や『中庸』にも出てくる教えだ。
誰も見ていないところであっても、自らを慎み、己を欺かないことをいう。私はこの言葉が好きだ。なぜなら人間の本質を見事に表しているからだ。
人は誰でも弱い。楽な方へ流れたい。少しくらいならいいだろうと思う。誰も見ていないから大丈夫だろうと考える。だが、その小さな妥協が積み重なって人格を蝕んでいく。
最初は小さな嘘だった。最初は小さなごまかしだった。最初は小さな約束破りだった。それがやがて習慣になり、人としての信用を失わせる。だから慎独が大切なのだ。
私自身も偉そうなことは言えない。若い頃はたくさん失敗もしたし、自分の未熟さに恥じ入ることも多かった。しかし年齢を重ねるにつれ思う。
結局、人は自分自身から逃げることはできない。他人は騙せても、自分の心だけは騙せないのだ。
夜、一人になった時、自分の人生に胸を張れるか。自分の仕事に誇りを持てるか。自分の言葉に嘘はなかったか。そこが大事なのだと思う。
経営者という仕事は孤独だ。最終判断を下すのは自分だ。誰かが責任を取ってくれるわけではない。だからこそ、自らを律する力が求められる。
社員は意外なほど常に経営者を見ている。直接見ていなくても、不思議と伝わるものだ。私の会社の社長は誠実な経営者なのか。約束を守る経営者か。陰で人を裏切らない経営者か。
そして、経営者の常日頃の姿勢や言動が会社の組織文化になる。経営者がルーズなら組織もルーズになる。経営者が誠実なら組織も誠実になる。組織とはトップの人格の写し鏡なのだ。
私はこれまで多くの経営者を見てきた。能力が高い人もいた。頭の切れる人もいた。だが、最後に周囲から尊敬を集める人は決まって人格者だった。
誰も見ていないところでも手を抜かない。弱い立場の人にも礼を尽くす。損得だけで判断しない。そういう人だ。
そう考えると、リーダーシップとは特別な技術ではないのかもしれない。派手な話術でもない。難しい経営理論でもない。日々の生き方、生き様そのものなのだと思う。
人は人前で立派に振る舞うことはできる。しかし、本当の人格は独りでいる時に現れる。誰も見ていないからこそ誠実であること。誰も知らないからこそ正しくあること。
誰にも褒められなくても善き行いを積み重ねること。それができる人にこそ、人は信頼を寄せる。そして信頼される人こそが、本当のリーダーなのだと私は思う。
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